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プロフィール |
Author:eskky28
男、47才、A型 趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史) 日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)
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『暴かれた古代史』その5 |
西日本豪雨災害で、亡くなられた方々に衷心よりお悔やみを申し上げます。 被害に遭われた全ての方々にお見舞いを申し上げます。
日本は災害大国なので、公共工事(災害対策、インフラ整備、耐震工事、老朽化対策など) を増やし、長期の計画を立て適正価格で予算を組み、建設業者が人材確保や設備投資を しやすくしていかなければならないと思います。
なんでもかんでも価格競争させるのではなく、ある程度の談合は許容していかなければならない と思います。企業が疲弊してしまいますし、手抜き工事も生まれやすくなると思います。
前回からの続きです。
今からご紹介する『暴かれた古代史』は「飛騨の口碑」にもとづいて全国を調査して書かれた本です。
著者山本建造氏が飛騨の若田翁から、先祖代々からの言い伝えを託されました。 それは飛騨の古代史ですが、大和朝廷以前の歴史であり日本の古代史でもありました。
現在の出雲大社とは関係ありません。
談判が行われた仮小屋が後に「仮の宮」 出雲大社から稲佐の浜への道を真っ直ぐに西へいくと道は砂丘の小さな峠に さしかかり、この峠にささやかな「仮の宮」があります。
『出雲大社』(千家尊統著)に陰暦十月の神有祭には全国の神々が出雲に 参集するがそのときの神議り(かむはかり)の事の行われるのは、実に このささやかな「仮の宮」であると書かれています。
全国から集まった神々が行う「神議り」の場所が、ささやかな「仮の宮」で 行われるとは一体何を意味しているのでしょうか?
『古事記』にいう国奉還の話し合いが行われた伊那佐の小浜(おばま)とは 現在の稲佐の浜のことです。
飛騨から行った大軍はその浜に簡単な建物を造り、その中で国奉還の話合いを おこなったと思われます。その時の粗末な建物を「仮の宮」とし、朽ちれば同じように 作り変えて残したと思われます。 それがはからずも真実の歴史を物語っているのではないかと思います。
『記紀』には国奉還の事実をぼかしてありますが、出雲の現地では、国が奉還に 至った話し合いをしたであろう建物まで「仮の宮」として保存してあるのです。
出雲ではさらに現実にあったことそのままを忠実に神事の形で残しているために 奇しくも真実の歴史が残されていたのです。
そのことに気が付くまで長い時間がかかりました。
ここから先の話は、実際に出雲に残る意味不明の神事の意味を著者が 分かりやすく解説していきます。 事実かどうかは分かりませんが、私が大変驚き恐怖し、いまだにモヤモヤが 残る話になっていきます。
前置きが長くなりましたが、重要な背景だと思いましたので省略しませんでした。
「諸手船神事 』 美保神社 コトシロヌシがまつられています 「青柴垣神事」
「身逃神事」 出雲大社 「爪剥祭」
「出雲国造の葬式は水葬が伝統」
『古伝新嘗祭』 出雲大社 「歯固の儀式」 「百番の舞」 「釜の神事」 「亀太夫神事」 「神事相撲」
以上の神事の解説されてる部分を紹介していきます。
ご訪問して頂きありがとうございました。
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