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男、45才、A型
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日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
神倉神社(熊野速玉大社の元宮)に参拝
平成三十年 五月四日参拝

神倉神社(熊野速玉大社の摂社、元宮)に参拝させて頂きました。
和歌山県新宮市神倉1-13-8に鎮座しています。
熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社。
境内地は国の史跡「熊野三山」の一部、および世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である。


【神倉神社】
熊野速玉大社の摂社になります。
知る人ぞ知る場所の穴場スポットと思われるかもしれませんが、
実はここは強力なパワ-スポットなのです。

神倉山に鎮座し、御祭神の熊野大神が最初に降臨された
聖地であり速玉大社の旧宮であります。


急勾配の石段を一人一人たいまつを持って一斉に駆け降りる勇壮な『お燈まつり』が有名です。


『熊野権現垂迹縁起』によると
現在は熊野速玉大社の境外摂社という扱いとなっているが、
神倉神社はこの周辺でも古社の一つとして数えられる神社である。
 記紀によると、神武東征の時、紀伊に上陸した神武天皇の下へ
高倉下(タカクラジ)という者が神剣フツミタマを献上したとされる。
この剣は高天原より霊夢によって遣わされたものであり、
これによって神武東征は成功することになる。
この剣を献上した高倉下がこの神倉神社の祭神である。



538段の急勾配な鎌倉時代の石段
(段差もまちまちで急勾配なのでリュックなど両手を空けていた方が良いです)
を上りきると、巨大な御神体の「ゴトビキ岩」が目の前に現れます。
写真では見てましたが、「こんなにも大きな岩が凄いところにあるんんだな」
と感激しました。
約15~20分上ります。朝から玉置山山頂、熊野本宮大社を
参拝しているので、足が結構きだしています。

登りより下りの方が楽なのですが、膝に負担がかかっていそうです。

急勾配なので下りは少し怖いので、ゆっくりと降りました。

去年の11月にサッカ-で左膝を痛めていたので、
少し心配でした。しかし、とりあえずまだ大丈夫でした。

奮発して買ったワコ-ルのCWXというタイツ(テーピング効果のあるスポ-ツ用)
を履いて参拝しています。


熊野速玉大社から徒歩約10分(私は車で移動しました。
少し渋滞で、無料駐車場もあるのですが満車でした。
運よく5,6分待ちで駐車できました。徒歩がおススメです)


次に熊野那智大社へ向かうのに私の手帳がないことに気づきました。
多分、熊野速玉大社に置き忘れしてきたなと思いました。
戻っていると時間的に厳しいので、諦めようかとも思ったのですが取りに戻ることにしました。

最悪無くなっても良いのですが、スケジュールや
下調べ(熊野以外もあります)が書いてあります。

道が混んでいて、駐車場も満車で少し離れた
河原の臨時駐車場に誘導されました。
那智大社の御朱印は全部(3ヶ所)頂けなくても、
頂けるところだけでしょうがないと諦めました。


熊野速玉大社の社務所を訪ねると
預かって下さりました。
「ありがとうございます」凄く嬉しく思いました。
取りに戻って良かったです。


【神倉神社  第一の鳥居】
第一の鳥居から急勾配の階段が始まります
20180514231302367.jpeg


【神倉神社  手水舎】
201805142317478a3.jpeg


【神倉神社  第二の鳥居】
2018051423192500d.jpeg


【神倉神社  拝殿とゴトビキ岩】
20180514232925c84.jpeg


【神倉神社  ゴトビキ岩とゴトビキ岩】
20180515082947085.jpeg


【神倉神社  ゴトビキ岩とゴトビキ岩の間】
注連縄がありました。古代の祭祀場でしょうか?
201805142335365b9.jpeg


【神倉神社  海側からの拝殿とゴトビキ岩】
20180514233747749.jpeg


【神倉神社  御由緒の看板】
20180514234024cb7.jpeg


【神倉神社  天岩盾】
20180514234316e1f.jpeg


【神倉神社  天岩盾の看板】
20180514234553ddd.jpeg


【神倉神社  御朱印】
熊野速玉大社の社務所で頂けます
201805142352149b7.jpeg

【御祭神】
天照大神、高倉下命
【創建】
128年(景行天皇58年)
【ご由緒】
神倉神社は、熊野速玉大社の摂社である。
新宮市中心市街地北西部にある千穂ヶ峯の支ピーク、
神倉山(かんのくらやま、かみくらさん、標高120メートル)に鎮座し、
境内外縁はただちに断崖絶壁になっている。
山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、
急勾配の鎌倉積み石段538段を登らなければならない。
山上にはゴトビキ岩(「琴引岩」とも。
ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言)
と呼ばれる巨岩がご神体として祀られている。
この岩の根元を支える袈裟岩と言われる岩の周辺には経塚が発見されており、
平安時代の経筒が多数発掘され、そのさらに下層からは
銅鐸片や滑石製模造品が出土していることから、
神倉神社の起源は磐座信仰から発したと考えられている。
神倉神社の創建年代は128年頃といわれているが、
神話時代にさかのぼる古くからの伝承がある。
『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、
神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)
の山であるという。
このとき、天照大神の子孫の高倉下命が神武に神剣を奉げ、
これを得た神武は、天照大神の遣わした八咫烏の道案内で軍を進め、
熊野・大和を制圧したとされている。
しかし、「熊野権現御垂迹縁起」(『長寛勘文』所収)には
神剣と神倉山を結びつける記述はないことから、
天磐盾を神倉山と結びつける所説は鎌倉時代以降に現れたものと考えられている。
(Wikipediaから抜粋しました)

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