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eskky28

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日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
元伊勢外宮 豊受大神社(京都)へ参拝
平成三十年 四月一日参拝させて頂きました。

『元伊勢外宮 豊受大神社』へ参拝させて頂きました。

京都府福知山市大江町天田内東平にあります。
豊受姫命は、雄略天皇の時に丹波国から遷宮して伊勢神宮外宮に祀られたとされる。
当社はその元伊勢伝承地の1つで、豊受大神宮(伊勢神宮外宮)の元宮であるとの伝承から、
「元伊勢外宮」とも称される。
市内大江地域には当社の他にも
「元伊勢内宮 皇大神社」
「天の岩戸神社」
の元伊勢伝承の神社があり、
総称して「元伊勢三社」と呼ばれています。


元伊勢外宮 豊受大神社には、
無料で20台ぐらい停めれる駐車場がありました。
少し長い階段を上るとお手水舎があり、そこで清めて鳥居をくぐります。

私は知らなかったのですが、ここの鳥居は黒木の鳥居と言いまして、
鳥居は樹皮がついたままの「黒木鳥居」で、古代の鳥居の形式を
伝えているとのことで大変珍しいとのことです。

【鳥居の小話】
鳥居は、神さまが住む世界と人が住む世界を区切る目印のようなものです。
「ここからは神さまの聖域ですよ」ということを示す一種の門、あるいは「結界」という考え方もあります。
こちらも狛犬と同様、起源はよく分かっていません。
ちなみに鳥居は、1基、2基……と数えるそうです!

鳥居は大きく分けると、神明(しんめい)系と明神(みょうじん)系の2つに分けることができます。
またその中でも数多くのバリエーションがあります。

【神明系鳥居】
簡単なつくりで、縦と横の木が直線的に交わっているのが神明系の特徴だそう。
最上部の笠木、笠木と水平に配置される貫、柱のいずれもが円系になっているものが多いです。
また神明系の中にもいくつかの種類があります。
神明系の鳥居の中には、樹皮のある生木を使った「黒木鳥居」という種類もあり、とても珍しいとされています。
この鳥居と出会えたらレアということですかね!

【明神系鳥居】
神明系より飾りが多く、曲線的なつくりが明神系の特徴だそうです。
最上部の笠木が反っています。
明神系もいくつかの種類に分けられますが、鳥居を3基合わせ、3本の八角形の柱と三角形の構造をした
「三柱鳥居(みつばしら鳥居)」は、とても珍しい明神系の一種です。

鳥居は大きく前述した2つの種類に分けられ、さらに細かく分類されますが「神明系」は柱が地面に対して直角、
「明神系」は一定の角度(転び)を保つものが多いようです。



話を「元伊勢外宮 豊受大神社」に戻します。

境内中央に拝殿があり、後方に茅葺神明造の本殿。
拝殿の左右には、別宮の多賀之宮と土之宮が祀られています。
本社社殿を取り巻くように、境内の左右・後方に境内社が並んでいます。

正面に本殿、左右に脇宮、周りに末社三七社が並び、内宮の皇大神社(内宮)とほぼ同じ配置であるとのことです。
「丹後旧事記」に別宮と記される多賀神社・月読宮・土之神社・風之宮があります。


全体的にあまり参拝者は少なく、拝殿や末社も閉じられていて、
まるで現在はつかわれていない寂しい感じがしました。

拝殿裏にある本殿はかなり傷んでいました。明治7年(1874年)の造替ですもんね。

【元伊勢 外宮豊受大神社の社号石碑】
20180420231235284.jpeg


【元伊勢 外宮豊受大神社の参道階段】
20180420231816457.jpeg


【元伊勢 外宮豊受大神社の手水舎】
20180420232011b07.jpeg


【元伊勢 外宮豊受大神社の黒木鳥居】
20180420232159ae3.jpeg


【元伊勢 外宮豊受大神社の拝殿】
201804202326062e3.jpeg


【元伊勢 外宮豊受大神社の境内社】
20180420233506bc2.jpeg


【元伊勢 外宮豊受大神社の御朱印】
201804202337316fd.jpeg

【御祭神】
豊受大神
【相殿】
日子番能迩迩芸尊・天児屋根命・天太玉命
【創建】
年代不詳(伝)雄略天皇22年
【ご由緒】
かつては60年に1度の式年遷宮が行われていたという。
現在の本殿は明治7年(1874年)の造替。

延暦23年(804年)の『止由気宮儀式帳』に、雄略天皇が天照坐皇太神の夢託を蒙り、
御饌都神(みけつかみ)として等由気太神(豊受大神)を丹波国から伊勢に迎えたのが外宮であると記す。
それに基づいて当神社は雄略天皇22年に伊勢へ遷座したその故地であるという(『丹後風土記』)。
あるいは、元鎮座地は比沼麻奈為神社(現京丹後市峰山町久次に鎮座)であるが、
雄略天皇22年に伊勢へ遷座する途中で当神社の地にしばらく鎮座し、
その跡地に建立したものであるともいう(『加佐郡誌』)。
また、それとは別に、用明天皇の第3皇子である麻呂子親王が当地の鬼を退治するに際して、
内宮(現皇大神社)とともに勧請したものであるとの異伝もある(宝暦11年(1761年)の『丹後州宮津府志』

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