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eskky28

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日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
廣瀬大社に参拝
令和元年 九月十五日 廣瀬大社へ参拝
奈良県北葛城郡河合町大字川合99に鎮座する神社です。

式内社(名神大社)、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
旧称は「廣瀬神社(ひろせじんじゃ、広瀬神社)」。


2月11日 例祭(御田植祭)
大忌祭の御田水口祭礼に由来するもので、砂を雨に見たてた祈雨の神事である。拝殿前の広場を田に見立てて田植えの所作を行い、それに対して参詣者と田人・牛に扮したひとが一斉に砂をかけあうもので、「砂かけ祭」とも呼ばれる。

テレビのニュスで見た事がありました。

昨日、参拝させて頂きました。良い天気で暑かったです。
地道で家から約90分で到着しました。
20台ぐらい停めれそうな無料駐車場がありました。

対となる龍田大社も参拝させて頂こうとしていたのですが、
私の早とちりで龍田神社とナビで検索しており、家に帰ってから御朱印をじっくり
拝見していると違うことに気が付きました。
まあこれも何かのご縁ですかね。

いつか龍田大社にも参拝させて頂きたいです。


【第一鳥居と社号標】
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【御由緒看板】
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【第一の参道アスファルト】
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【御祭神看板】
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【あの狛犬】
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【うんの狛犬】
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【第二の参道 砂利】内宮みたいに木洩れ日がキレイでした。
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【祓戸社】心身の穢れを祓い清めた後に廣瀬大社を拝します。
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【手水舎】
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【手水舎の龍】
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【第二の鳥居】
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【拝殿】
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【寄った拝殿】
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【神馬舎】
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【たちばなの木】
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【日露戦争の戦利品のロシアの大砲】
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【祖霊社】
廣瀬大社に関係する祖霊と大国主命が祀られていました
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【日の丸大明神】すごい木ですね。稲荷社です。
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【日吉社】
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【御朱印】
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【主祭神】
若宇加能売命(わかうかのめのみこと)
「廣瀬大忌神(ひろせおおいみのかみ)」とも。社伝では伊勢神宮外宮の豊宇気比売大神、
伏見稲荷大社の宇加之御魂神と同神とする。龍田大社の龍田風神とも関係があるとしている。

【脇殿神】
櫛玉命(くしたまのみこと)
社伝では饒速日命を指す。社家の樋口氏は饒速日命を祖神とする物部氏の末裔であり、
社家の邸宅内には饒速日命を祀る境外末社の饒速日命社がある。

穂雷命(ほのいかづちのみこと)

【創建】
(伝)第10代崇神天皇9年
(前89年)

【社格等】
式内社(名神大)
二十二社(中七社)
旧官幣大社
別表神社

【ご由緒】
鎮座地は、高田川と一緒になった曽我川・大和川・飛鳥川など奈良盆地内を流れる河川のほとんどが
合流する地点であり、このことから水神を祭る。
社伝では、崇神天皇9年、広瀬の河合の里長の廣瀬臣藤時に託宣があり、
水足池と呼ばれる沼地が一夜で陸地に変化しタチバナが数多く生えたことが天皇に伝わり、
その地に大御膳神として社殿を建てて祀ったのに始まるとしている。
龍田の風神・広瀬の水神として並び称された。
『日本書紀』天武天皇4年(675年)4月10日条には風神を龍田立野に、
大忌神を広瀬河曲に祀ったとの記述があり、これが4月・7月に行われる廣瀬大忌祭の起源とされている。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では大和国広瀬郡に
「広瀬坐和加宇加乃売命神社(廣瀬坐和加宇加乃売命神社) 名神大 月次新嘗」として、
名神大社に列するとともに朝廷の月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった旨が記載されている。
永保元年(1081年)に最高位の正一位の神階を受けている。後の二十二社の一つともなった。
明治4年、官幣大社に列格した。第二次大戦以降、廣瀬大社と称するようになった。
Wikipediaより抜粋

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