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eskky28

Author:eskky28
男、46才、A型
趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史)
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
再び保久良神社(ほくらじんじゃ)へ参拝
保久良神社(ほくらじんじゃ)、鷺宮八幡神社
平成三十一年 四月二十日 に参拝させて頂きました。

【保久良神社】は兵庫県神戸市東灘区本山町北畑680に鎮座する神社です。
兵庫県神戸市東灘区本山町の保久良山(金鳥山中腹)に鎮座する神社です。

【鷺宮八幡神社】は東灘区本山北町6-2-26に鎮座する神社です。保久良神社の御旅所です。
保久良神社の御朱印は保久良神社ではなく岡本駅近くの鷺宮八幡神社の社務所で頂けます。
鷺宮(サギノミヤ)産宮(サンミヤ)とも称し、北畑地区の氏神として崇敬され、
天和、貞享、元禄の寺社改帳に記載され古くより人々の心のよりどころであります。
保久良神社の境外末社(御旅所)としても有名です。
【御祭神】天照大神、八幡大神、春日大神
【合祀】 熊野大神、高倉下命、稻田宮主命、大山津見命、八衢比古命、八衢比賣命、經莫戸神


御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿)が
巡行の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。
巡行の道中に複数箇所設けられることもある。御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われる。
御旅所には神社や祭神にまつわる場所や氏子地域にとって重要な場所が選ばれている。
元宮、摂末社や配偶神を祀る神社などのような社殿があるもののほか、
元の鎮座地などに臨時の祭殿を設けたり、氏子の代表(頭人)の家に迎える場合などがある。
Wikipediaより

古代文明「カタカムナ」の聖地として人気のスポット、
未知の古代文明「カタカムナ」の遺跡として有名な神戸・保久良神社みたいです。
今から約1万2千年以上前、つまり縄文時代よりも前の時代に、日本で栄えていた文明の名前です。
カタカムナ文明を証明する一冊の古文書には、不可思議な形をした古代文字が記されています。

カタカムナ文字は直線と曲線そして点で構成された文字で、記号のように独特な形をしています。
古文書には、そのような幾何学的な模様をしたカタカムナ文字がらせん状に配置されて記されています。

「カタカムナ文明」と称する超古代文明の存在を主張したのが、楢崎 皐月(ならさき さつき)です。
1948年頃から全国の電位分布実測調査を行ううち、六甲山山系の金鳥山での生活中に、
平十字と名乗ると宮司と出会い、「カタカムナ文字」とされる巻物を大学ノートに書き写し、
古事記や日本書紀など古代の文献を手がかかりとして、研究に研究を重ねた楢崎は、
古文書の謎の模様は文字であるとつきとめ、古文書の解読に成功しました。

そして、カタカムナ文明という失われた文明が日本に存在していたということを明らかにしたとのことらしいです。


本日は御朱印を頂いてきました。


本日、再び近くの六甲山へハイキングをしてきました。
今回は前回のハイキング部?の方たちと4人で登りました。
天気も大変良く、青空で最高に気持ち良かったです。


【ロックガ-デン入口?】
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【金玉大明神】
前回は気が付きませんでしたが、変わったお名前ですね。
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【岩場】
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【中腹の風吹岩の看板】
私たちはここまでで隣駅に向けて下って行きます。
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【ダニエルというお店のカヌレというケ-キ?】
集合場所の芦屋川駅の近くにあるお店「ダニエル」の美味しいという噂のケ-キを買ってきてくれて
頂きました。しっとりしてて大変美味しかったです。写真も背景がボケてカッコよく撮れました。
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【保久良神社の裏にある磐座  神生岩(かみなりいわ)】
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【灘の一つ火】
当社の燈明は「灘の一つ火」と呼ばれ、古くから沖を行き交う船の目印となってきたという。
現存の石灯籠は1825年(文政八年)に建てられたもの。
その昔、日本武尊が夜に航路がわからなくなった時、保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた話が有名で、
船人の目印とされていたそうです。
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【保久良神社社号碑と鳥居】
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【手水舎】
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【あの狛犬】
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【うんの狛犬】
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【拝殿引き】
桜がキレイでした。
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【拝殿アップ】
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【摂社?】
確か御祭神は天照大御神でした。
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【遥拝所】
伊勢神宮の方角でしょうか?
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【磐座 立岩】
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【鷺宮八幡神社 手水舎】
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【鷺宮八幡神社 拝殿】
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【保久良神社の御朱印】
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【鷺宮八幡神社の御朱印】
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【主祭神】
須佐之男命
大国主命
大歳御祖命
椎根津彦命

【創建】
不明

【社格等】
式内社(小)

【ご由緒】
創立に関する詳細は不明であるが、境内外に多数の磐座群が見られ古代祭祀の場であったと考えられる。
境内外地より石器時代、青銅器時代、弥生時代後期の弥生式土器や石斧、石剣など種々の遺物、
特に有名な物として約20cmの銅戈(重要文化財)が出土している。
その何れもが儀礼的用途をもつものと考証され、祝部土器、
玻璃性勾玉も発見され祭祀は非常に古い時代から行われていたと考えられる。
保久良神社由緒書によると「社名の起因も、椎根津彦命の子孫たる倉人水守等が祖先を祭祀し奉る、
三韓役の戦利武器を収蔵するより」とあり、元来の主祭神は神武東征時速吸門(明石海峡)に
現れて軍勢を先導した椎根津彦命である。
椎根津彦命は保久良神社の南に位置する神戸市東灘区の青木(おうぎ)の浜に
青亀(おうぎ)の背に乗ってこの浜に漂着したという伝承があり、それが青木(おうぎ)の地名の由来となった。
吉井良隆は当社を「椎根津彦命は大阪湾北側を支配する海部の首長であったとされ、
西宮夷の奥夷社の元宮」と推測している。
また、「住吉大社神社記」には布久呂布山の名が見え、「攝津志」には建長二年重修の棟札を
所持せる事が記載されている。
社頭の灯明台の神火は「灘の一つ火」と呼ばれる常夜灯である。
その言われは、日本武命が熊襲遠征の帰途、夜に航路がわからなくなった時、
保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた事にあり、
以来「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」の古謡通り、広く崇敬され、
航海者の一針路となっていた。
市街に近いので再度山、高取山、旗振山らと同じように、
「毎日登山」が行われており1000回以上の登山者が多数いる。
Wikipediaより抜粋


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