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eskky28

Author:eskky28
男、46才、A型
趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史)
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
保久良神社(ほくらじんじゃ)へ参拝
平成三十一年 三月二十三日 保久良神社(ほくらじんじゃ)へ参拝
兵庫県神戸市東灘区本山町北畑680に鎮座する神社です。
兵庫県神戸市東灘区本山町の保久良山(金鳥山中腹)に鎮座する神社です。

私の大好きな歴史の古い、古代祭祀の磐座のある神社でした。
御朱印は頂けていません。


本日はボルダリングの師匠に誘われて、近くの六甲山へハイキングをしてきました。
師匠のハイキング仲間(師匠は3回目)の方と3人で登りました。

芦屋川駅~ロックガーデン~風吹岩(中腹)~保久良神社~岡本駅のコースです。
山頂ではなく中腹で折り返して別ル-トで降りていきました。

芦屋川駅に10時集合で岡本駅(隣駅)に15時過ぎだったと思います。
初心者にはちょうど良い感じだったと思います。
ロックガ-デンといわれてるところは、岩場で両手も使いながら登り面白かったです。

風吹岩(中腹)では猪とも遭遇して驚きビビリました。
猪注意、猪に餌を与えないで下さいの看板はよく見かけたのですが
本当に出会うとは思ってなかったです。

下りは膝が心配でしたが、ストックも借りて何とか違和感ぐらいで済みました。
ストックはかなり楽になり驚き助かりました。
楽過ぎずしんど過ぎずで、駅に着いて座ると疲れたなと感じました。


また、いろんな処を登りたいです。
今日は、息子のお下がりのリュックとジョギングシュ-ズ(少し滑りやすかった)で登ったので、
今度は両親が軽い登山をしていたので、リュックとストックを借りようと思います。

靴は普段も履きたい黄色のハイキングシュ-ズ(防水で透湿で滑りにくい)を購入して、
本日到着しましたので履きならししていきたいと思います。



【中腹から見た景色】
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【ロックガ-デン】
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【風吹岩(中腹)】
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【風吹岩(中腹)のネコ】
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【風吹岩(中腹)の猪】
2019032319565607d.jpeg


【保久良神社そばの磐座】
201903231957489d5.jpeg


【保久良神社の鳥居と社号碑】
20190323195807df4.jpeg


【保久良神社の御由緒看板】
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【手水舎】
20190323195941b2c.jpeg


【手水舎の龍】
20190323200039404.jpeg


【あの狛犬】
20190323200133079.jpeg


【うんの狛犬】
20190323200259d88.jpeg


【拝殿】
20190323200322d7f.jpeg


【磐座 立岩】
201903232003499ea.jpeg


【ハイキングシュ-ズ】
20190323200414c04.jpeg




【主祭神】
須佐之男命
大国主命
大歳御祖命
椎根津彦命

【創建】
不明

【社格等】
式内社(小)

【ご由緒】
創立に関する詳細は不明であるが、境内外に多数の磐座群が見られ古代祭祀の場であったと考えられる。
境内外地より石器時代、青銅器時代、弥生時代後期の弥生式土器や石斧、石剣など種々の遺物、
特に有名な物として約20cmの銅戈(重要文化財)が出土している。
その何れもが儀礼的用途をもつものと考証され、祝部土器、
玻璃性勾玉も発見され祭祀は非常に古い時代から行われていたと考えられる。
保久良神社由緒書によると「社名の起因も、椎根津彦命の子孫たる倉人水守等が祖先を祭祀し奉る、
三韓役の戦利武器を収蔵するより」とあり、元来の主祭神は神武東征時速吸門(明石海峡)に
現れて軍勢を先導した椎根津彦命である。
椎根津彦命は保久良神社の南に位置する神戸市東灘区の青木(おうぎ)の浜に
青亀(おうぎ)の背に乗ってこの浜に漂着したという伝承があり、それが青木(おうぎ)の地名の由来となった。
吉井良隆は当社を「椎根津彦命は大阪湾北側を支配する海部の首長であったとされ、
西宮夷の奥夷社の元宮」と推測している。
また、「住吉大社神社記」には布久呂布山の名が見え、「攝津志」には建長二年重修の棟札を
所持せる事が記載されている。
社頭の灯明台の神火は「灘の一つ火」と呼ばれる常夜灯である。
その言われは、日本武命が熊襲遠征の帰途、夜に航路がわからなくなった時、
保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた事にあり、
以来「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」の古謡通り、広く崇敬され、
航海者の一針路となっていた。
市街に近いので再度山、高取山、旗振山らと同じように、
「毎日登山」が行われており1000回以上の登山者が多数いる。
Wikipediaより抜粋

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