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eskky28

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男、46才、A型
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日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
天津神社へ参拝
天津神社へ参拝
平成三十年 七月十五日参拝
新潟県糸魚川市一の宮1-3-34に鎮座する神社です。
式内社論社で、越後国一宮を称する。旧社格は県社。


3連休だったので、なんとなく遠くまで行きたいなと思っていました。
戸隠神社と迷いましたが、石川県の白山比咩神社に参拝させて頂くことにしました。
そしてテレビでみたことのある『まいもん寿司』で食べようと出発しました。

しかしナビでみると到着時間が3時間と早すぎたのでもう少し遠くまで行こうと
行きながら行き先を急遽変えました。5時出発でした。

天津神社に参拝後、本物の翡翠の携帯ストラップを買おうと思ってたのですが、
駅前のお土産屋さんに入ろうとしたら、満車で3台待ちで10分くらい待ったのですが
進まなかったのでやめました。


最近は神社に参拝できていないのですが、天皇誕生日に伊勢神宮の内宮の宇治橋の
鳥居から昇る日の出の写真を撮りたいなと考えているところです。
冬至の日に太陽が通るように建てられているとのことです。
実現は天気や仕事、体調によりますが。

【社号碑】
20181202203404d1e.jpeg


【表参道】
20181202204548a33.jpeg


【手水舎】
20181202205514824.jpeg


【鳥居】
20181202203737924.jpeg


【拝殿】
20181202210822e26.jpeg


【拝殿寄り】
20181202211659838.jpeg


【天津神社 本殿】
2018120221132674f.jpeg


【天津神社 本殿と狛犬】
20181202211935b17.jpeg


【奴奈川神社】
20181202220347f78.jpeg


【御朱印】
2018120222221706b.jpeg


【主祭神】
中央:天津彦々火瓊々杵尊 (あまつひこひこほににぎのみこと)
左:天児屋根命 (あめのこやねのみこと)
右:太玉命 (ふとだまのみこと)

【創建】
(伝)景行天皇年間
記紀における伝説上の人物で日本武尊(やまとたけるのみこと)の父
【ご由緒】
景行天皇の時代の創建と伝えられ、孝徳天皇の勅願所であったと伝えられている。
旧糸魚川町のうち、一の宮・押上・寺町・大町・七間町等の産土神として崇敬された、
慶長16年(1611年)、江戸幕府から黒印地百石を寄進され、翌年朱印地に改められた。
大正7年(1918年)に郷社に列し、後に県社に昇格した。
『延喜式神名帳』には式内社として「越後国頸城郡 大神社(おほむは-)」が記載されているが、
その論社に比定されている。また、境内社の奴奈川神社(ぬなかわ-)も式内社論社である。

境内社
奴奈川神社
奴奈川姫命を主祭神とし、後に八千矛命(大国主)が合祀された。
この一帯はかつて「沼川郷」と言い、そこに住んでいた奴奈川姫命の元を
八千矛命が訪れたという話が日本神話(大国主の神話)にある。
伝承では、両神の間の子が建御名方命であり、姫川を遡って信濃国に入りそこを開拓したという。
『延喜式神名帳』に頸城郡13座の一社として記載されている。
「奴奈川神社」という名前の神社は当社の他にも頸城郡内に複数社あり、
糸魚川市田伏南村の奴奈川神社(旧郷社)、
糸魚川市大字能生宮の上の白山神社(旧郷社)も式内・奴奈川神社の論社となっている。
Wikipediaより抜粋


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