プロフィール

eskky28

Author:eskky28
男、46才、A型
趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史)
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンタ-

神社・仏閣ランキングバナー

神社・仏閣ランキングバナー

FC2ブログランキング

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

PR

PVアクセスランキング

ブログランキング(ホワイト)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
続 東京2日目御朱印巡り
まず男子フィギュアスケートの
羽生結弦選手【金】、宇野昌磨選手【銀】
メダル獲得おめでとうございます。
2連覇したのは66年ぶり、金、銀独占は
日本スケート史上初だそうです。

平成二十九年 一月四日参拝

昨日の続きで愛宕神社の次に芝大神宮にお詣りさせて頂きました。
愛宕神社もそうでしたがビルとビルの間にある、
大都会の中の神社でした。


次に増上寺にお参りさせて頂きました。
東京タワーのそばにあり、徳川家の菩提寺です。
お参りしたときには、失礼ですが東京タワーがそばにあり見栄えが良いとしか思っていませんでした。
私の好きな歴史の話が絡んでいることが最近になってわかりました。
話が長くなりそうなので、増上寺は次回に回したいと思います。


最後に浅草寺にお参りさせて頂きました。
やはり海外の観光客の方たち(国内もでしょうが)
も多くみられ、人は凄く多かったです。
しかし、本堂にお参りできるまで30分くらいだったような気がします。
一人なので人混みを縫って歩きましたが。

【芝大神宮 鳥居】


【芝大神宮 御朱印】

【御祭神】
天照大御神
豐受大御神
【創建】
寛弘2年(1005年)
【御由緒】
伊勢の内外両宮を勧請して創建し、日向国鵜戸郡から得た「鵜戸石」と剣を神宝として奉納したといい、源頼朝は元暦元年(1185年)と建久4年(1193年)の2度に亘って神領を寄進し、特に後者においては自ら社参の上1300余貫の地を神田として寄進したという。

江戸時代にはお蔭参りといわれる伊勢神宮への参拝が数多く見受けられるが、高額な旅費と長期間の旅程を要し、容易に行うことは難しかったため、代わりに伊勢神宮の祭神を祀り江戸市中に鎮座する当神社への参詣者が増えていったと考えられる。


【浅草寺 雷門】


【浅草寺 宝蔵門】


【浅草寺 御朱印】

【本尊】
聖観音菩薩
【創建】
(伝)推古天皇36年(628年)
【宗派】
聖観音宗(元天台宗)
【山号】
金龍山
【御由緒】
『浅草寺縁起』等にみえる伝承によると、浅草寺の草創の由来は以下のとおりである。

推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも、「土師真中知」(はじのまなかち)とも)は出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりという。その後大化元年(645年)、勝海上人という僧が寺を整備し観音の夢告により本尊を秘仏と定めた。観音像は高さ1寸8分(約5.5センチ)の金色の像と伝わるが、公開されることのない秘仏のためその実体は明らかでない。


ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング
東京2日目 御朱印巡り
インフルエンザで寝込んでました。
キツイですね。何もする気になれないですね。
(まだ余韻は残っていますが3日目でようやく、
とんぷくも効いてきたようです)

平成二十九年 一月四日参拝(東京2日目最終日)

大國魂神社→愛宕神社→芝大神宮→増上寺→
浅草寺

めったに東京には行けないので少し欲張り過ぎましたかね。

大國魂神社と愛宕神社は前回に続いて「全然、知らずにお参りしてた  神社の謎」合田道人著の中で訪れてほしいパワスポ神社リストに載っていて選びました。

芝大神宮は地図をみて増上寺の近くで探しました。
増上寺は義母が勧めてくれたので決めてました。
浅草寺は有名ですから訪れときたいので決めてました。

大國魂神社
「大國魂神社のパワー、雰囲気は実に出雲大社に似たものを持つ。
長い参道に入っただけで、何かがゆらめいていることに気づく。2000年近くもこの場で絶えることなく人々を見守ってきた国造りの神が、まるで笑っているように私達を迎えてくれている。
ここの御手水にも禊のパワーが水からしたたって
いるのが分かるほどである。
門をくぐると別世界の気を放つ。出雲さん独特の景色、匂い、装い、たたずまい・・・。何とも表現出来ないが、出雲さんに行ったことのある人にはその懐かしさとやさしさをそれこそ魂で感じることができるだろう。

御利益は縁結び、特に子宝の神である」
と「神社の謎」に書いてありました。


【大國魂神社 随神門】


【大國魂神社 御朱印】



【御祭神】
大國魂大神
【創建】
景行天皇四十一年二年(111年)
【御由緒】
大國魂大神は出雲の大国主神と御同神で、
大昔武蔵国を開き人民に衣食住の道を教え、
医療法やまじないの術も授けられた御方で俗に
福神又は縁結びの神として有名です。
当時は武蔵国造が代々奉仕していたのが
大化の改新によって武蔵国府がこの地に置かれ
国司が代わって奉仕するようになりました。

管内神社の祭典を行う便宜上、武蔵国中の神社を一ヶ所に集めてお祀りするようになり、これが武蔵総社といわれる起源です。


愛宕神社
「出世したい人はここの神社を詣でればいい。

水戸浪士が決行の前にここで決起集会をした所
でもあり、現在も子孫が集まってお祀りしてい
る。
ここは何といっても境内へ上がる86段の階段の
パワーがすごい。それを出世の石段とよぶ。
一段一段踏みしめながら歩くと、
不思議と明日への希望と活力が湧いてくる。
やる気が起きてくるのだ。

本殿に拝むときに心がけたいのは、頭の中をできるだけ空っぽにすること。心を無にして「何ごとも宜しくお願いします」と言うことなのである。
すると自然に仕事運がアップし出世が約束されるというのだ。

この石段を上って本当に出世したといわれるのが松下幸之助、楽天の三木谷浩史、木村拓哉、浜崎あゆみなどといわれている。
あなたも出世できる?」
神社の謎」に書いてありました。

仕事初めの日もあってか、会社から揃って参拝しに来てる方が多かったです。
確か2時間ぐらい並んだような気がします。
石段の高さと角度が凄かったです。下りは怖かったです。


【愛宕神社 鳥居 石碑】


【愛宕神社 鳥居】


【愛宕神社 御朱印】


【御祭神】
カグツチ(火産霊命)
【創建】
慶長八年(1603年)
【御由緒】
徳川家康の命により江戸の防火の神として
カグツチ(火産霊命)、つまりイザナミが産んだ時に女陰を火傷させ死に至らしめた神を祀った。

長くなりましたので続きは次回にさせて頂きます。やはりまだしんどいです。

ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング





靖国神社→代々木八幡宮へ参拝
平成二十九年 一月三日参拝

昨日の靖国神社に続いて代々木八幡宮へお詣りさせて頂きました。
なぜ数ある神社の中から代々木八幡宮を選んだかといいますと
年末に「全然、知らずにお参りしてた  神社の謎」合田道人著を購入して読みました。
その中で訪れてほしいパワスポ神社リストに載っていて選びました。

「境内には代々木八幡遺跡があり縄文時代の住居跡や遺物が発見されている。
東京の山手通り沿いに位置するが、階段をのぼって境内に入ると急に騒音が
耳に入らなくなりやすらぎの世界を感じることができ、直感力が研ぎ澄まされる場所である。

特にここの御神木のパワーは抜群で、木にもたれたり抱きついたりすると
迷いごとや胸のむしゃくしゃがまるで目にみえるように解消される。
神様からのメッセージを自然に受け取ることができるスポットである。

本殿右手にある出世稲荷神社もよく、ここには仕事の量が増えるというご利益がある。」
と本に書いてありました。

人気があり約1時間30分~2時間並びました。
確かに急に騒音がなくなりました。御神木も神社の方かボランチティアの方がいて説明していて
抱きつきさせてくれていました。
出世稲荷神社もお詣りさせて頂きましたが、確かに平成二十九年は仕事がかなり忙しくなりました。


靖国神社の出口で東京大神宮「東京のお伊勢さん」の看板があり、
徒歩5分くらいの近さみたいなので
駅とは反対でしたがお詣りに行きました。

そしたら大行列で並ぼうとしたら、道路を挟んでまだ行列が続いていました。警備員の方に並び
時間を聞いたら、うる覚えですが2時間ぐらいと言われた気がします。

神社巡りの予定を決めていたので参拝あきらめ、駅に向かい代々木八幡宮にま向かいました。
またご縁があったらお詣りしてみたいです。

【代々木八幡宮 鳥居】



【代々木八幡宮 茅野輪くぐり】


【代々木八幡宮 御朱印】


【御祭神】
応神天皇
【創建】
建暦二年(1212年)
【御由緒】
八幡さまは古くは朝廷や武家からの崇敬をあつめ、国家鎮護、破邪顕正の神と仰がれました。 その強いご神徳から「厄除開運」の神さまとして全国で鎮守の神として祀られました。

鎌倉時代、二代将軍・源頼家の側近であった近藤三郎是茂(これもち)の家来で荒井外記(げき)智明(ともあきら)という方が、頼家公暗殺の後、名も宗祐(そうゆう)と改めてこの代々木野に隠遁し、主君の菩提を弔って暮らしていましたが、時に建暦2年(1212年)8月15日夜、霊夢の中で八幡大神の託宣と宝珠の鏡を感得しました。そこで同年9月23日、元八幡の地に小さな祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したのが創始とされています。

ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング



靖国神社に参拝(東京)
平成二十九年 一月三日参拝

お正月休みに家族で東京ディズニ-ランド(私は別行動)に2泊3日で旅行に行きました。
大好きなドライブでなく、大嫌いな飛行機で行きました。
3年連続ディズニ-ランドだったので、私は興味もそれほどないし金額も高いので留守番しとくと言ったら、
「神社・お寺巡りしてきたら」と言われて、それいいなと思い一緒に行くことにしました。

まず浮かんだのが靖国神社でした。
私は小林よしのり氏の戦争論を読んだり、政治ブログなどを拝見していたので、
日本のために亡くなられた方々をお祀りしている靖国神社にいつかお詣りしたいと思っていました。
子供たちの修学旅行は広島や長崎に行くよりも靖国神社へ行くべきだと思います。

戦争の悲惨さをみるのもいいですが、おじいちゃん、ひいおじいちゃん達が「靖国で会おう」と
命をかけて日本を守るために戦ってくれたから現在の日本があるということを噛み締めれると思います。
感謝で心が一杯になり、自分も少しでも胸を張って生きていける様に頑張ろうと思いました。

私が読書(ほぼ歴史)をしたり、政治ブログを読むようになったのは、民主党政権になった頃(2010年頃?)からです。
その頃に仕事でお世話になってる方から、言い方は忘れましたが「あ-日本も終わりや」「テレビは嘘ばっかりや」無知は罪やで」
「政治ブログ見てみ」などと言われました。
「オ-バ-やな」と選挙こそ投票しに行ってましたが、ネットをほとんど見ない私はテレビ・新聞が嘘ついたり隠したりするわけがないと思っていました。

何回か言われてたのですが数ヶ月後かに、初めて政治ブログをみて、テレビのニュ-スにもなってない話が
後日「ビ-トたけしのTVタックル」「たかじんのそこまで言って委員会」でとりあげられたりして、
すごくのめり込みました。そこからほぼ毎日政治ブログを拝見するようになり、読書もするようになりました。

朝8:30頃に羽田に着いて、家族と分かれ地下鉄乗り放題チケットを購入して
真っ先に靖国神社へ参拝しに行きました。
朝も早めだったので、拝殿前のお賽銭箱のところもほとんど並ばず参拝させて頂きました。
若者であふれていました、小さい子供を連れた家族、老夫婦など老若男女さまざまでした。

その後はじめて昇殿参拝を致しました。
(正式参拝用に普段は着ないジャケットとスラックスを年末に購入しました)

拝殿前のお賽銭箱よりもずっと奥に入らせて頂き、参拝させて頂きました。


【靖国神社  第一鳥居  斜め】



【靖国神社  第一鳥居 正面】



【靖国神社  神門】



【靖国神社  御朱印】


【御祭神】
明治以降の日本の戦争・内戦において政府・朝廷側で戦歿した軍人
【創建】
明治2年(1869)東京招魂社が始まり
明治12年(1879)に「靖国神社」と改称
【御由緒】
明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。

ただしお祀りされているのは戊辰戦争・明治維新において新政府軍側のみである。
遊就館の靖国の神々の一覧表では「明治維新」のみになっている。
(彰義隊や新撰組を含む)旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍の戦死者は対象外となっている。
西南戦争も政府軍側のみで、西郷隆盛ら薩摩軍は対象外になっている。

【靖国神社  遊就館  零戦】


ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング
豊中不動尊へ参拝(大阪) 「神宮・大社・神社の呼び方の違いは?」
平成二十八年 十二月三十日参拝

地元のお寺で豊中不動尊にお参りさせて頂きました。
「いい御朱印帳ですね」と誉めて頂き、嬉しかったです。
梵字がカッコイイです。

【豊中不動尊の御朱印】

【本尊】
不動明王
【創建】
昭和37年(1963年)
【宗派】
真言宗醍醐派
【山号】
紫苑山
【御由緒】
豊中市街地にあった守護尊協会移転の際、島熊山の地主が守護尊協会を吸収し、新しい豊中不動尊として創立した。本尊は島熊山のすぐそばにある。
万葉集に詠まれる島熊山の歌、「玉かつま 鳥熊山の夕暮れに ひとり君か 山路越ゆらむ」の歌碑が、境内に建てられている。



今回は今まで知らずにお詣りしていたので少し調べてみました。

【○○神宮、●●大社、△△宮、▲▲神社などの呼び方の違いは?】

神社には伊勢神宮、橿原神宮のように神宮。
出雲大社、熊野本宮大社のように大社。
普通に春日神社、泉穴師神社のように神社。

他にも沢山ありますが呼び方の違いは、
どんな決まりがあるのだろうかと
神社巡りをはじめてから2年にして
ようやく疑問に思いました。(遅すぎ)

まとめてみると
神社名につく称号(社号)であるとのこと
称号とは地位などを表す呼び名である


【神宮】
皇祖神(皇室の祖先神)を祀っている。
天皇を祀っている。
ヤマト朝廷を開くのに功績のある神。

現在、神宮の称号を持つのは24社。
ただし、「神宮」とだけ言うと伊勢神宮のことを指します。

【皇祖神が御祭神】
伊勢神宮
伊弉諾神宮
霧島神宮
鹿児島神宮
鵜戸神宮
英彦山神宮
【天皇が御祭神】
橿原神宮
宮崎神宮
気比神宮
宇佐神宮
近江神宮
白峯神宮
平安神宮
赤間神宮
水無瀬神宮
吉野神宮
北海道神宮
明治神宮
【ヤマト朝廷を開くのに功績がある神、剣、鏡が御祭神または御神体】
熱田神宮
石上神宮
國懸神宮
日前神宮
鹿島神宮
香取神宮



【大社】
元々は出雲大社の一社のみに使われていた称号であった。
ちなみに「いずもおおやしろ」が正式な読み方とのことです。「いずもたいしゃ」と思ってました。
明治以降は奈良の春日大社や長野の諏訪大社など全国から崇敬を集める格式の高い神社でも使われるようになりました。

現在、大社の称号を持つのはこちらも24社。

出雲大社
熊野大社
三嶋大社
富士山本宮浅間大社
諏訪大社
気多大社
南宮大社
多度大社
多賀大社
建部大社
日吉大社
春日大社
龍田大社
廣瀬大社
伏見稲荷大社
松尾大社
梅宮大社
住吉大社
大鳥大社
熊野本宮大社
熊野速玉大社
熊野那智大社
宗像大社
高良大社



【宮】
「宮(ぐう)」は、基本的には天皇や皇室にまつわる人物を祀っている神社です。
天満宮(菅原道真)、東照宮(徳川家康)の例外も
あります。



【神社、社】
一般的な神社の社号です。

以上、調べてみて大変勉強になりました。

ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング




入鹿神社へ参拝(奈良)
平成三十年 二月十一日参拝

昨日の橿原神宮からの帰りに入鹿神社へ
参拝に行かせて頂きました。

入鹿神社の前に、昨日の橿原神宮での御朱印の
写真をアップするのを忘れていましたので
ここで。

【橿原神宮の御朱印】


ナビの通りに進んで行くと、かなり細い道に入って行きました。サイドミラーをたたまないと通れない狭さでした。
向かいでお姉さんが自転車で待ってくれていて、
車通って良かったですかと聞くと、普段車は通らないと言ってました。

何とか無事に着いたのですが、駐車場、社務所がない小さな神社でした。勿論、御朱印は頂けませんでした。

【入鹿神社】


次に御朱印は頂いている写真は拝見したことのある蘇我都比古神社に向かいました。
こちらは時間が15:00前だったのですが、お留守みたいで社務所がしまっていました。
ご縁があればまた伺いたいと思います。

【蘇我都比古神社】


教科書では極悪人のように教わってきましたが、
勝者が歴史を書き替えることを考えれば、もしかしたら逆だったかもしれません。
蘇我入鹿の祟りがあったということですが、祟られる側にやましい気持ちがかければ成立はしません。

入鹿神社のある小綱町から蘇我都比古神社のある曽我町までの一帯はまさに蘇我の本拠地のような場所である。
つい最近まで入鹿を殺した藤原氏とは敵対していたと言います。多武峰では蘇我の入鹿を殺した中臣鎌足が祀られている。
多武峰の談山神社には決して参拝せず、多武峰の集落の人とは縁組みをしなかったとのことです。
小綱の近くの百済という集落(談山神社の所領)とも仲が悪かったといいます。

明日香からの帰り道(大阪に向けて)に見えた景色で右手側(西)の端には、斑鳩の地で聖徳太子が住まわれた地かな?と、でもその当時政治の中心の明日香からずいぶん離れてるな~。
車のない時代に通勤せ~へんよな~と思いを
馳せながら車を走らせ家に帰りました。

ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング


【紀元祭】参列させて頂きました。橿原神宮(奈良)
平成三十年 二月十一日 参列、参拝

本日は橿原神宮(奈良)の紀元祭へ参列させて
頂きました。

家から70分ぐらいで到着しました。
その時に南阪奈道路という高速道路を
はじめて乗り驚きました。

大阪から葛城の山を越えるとそこには
キレイな山並が見え、奈良盆地の平野に
所々ある古墳らしきものが目に入って
来ました。

まさに、古代ヤマトの地か、360°山に囲まれ
天然の壁でまるで城壁だな。
古代ヤマトの地を選択したのは、そういう理由も
あったんだなと思いを馳せながら車を走らせました。

やはり紀元祭は日本全国各地から参列しに来るみたいで、
普段あまり見掛けない遠方のナンバーをよく見掛けました。

9時30分頃に橿原神宮の駐車場へ到着しました。
一番近い駐車場に何とか停めることが出来ました。

参列の受付けもほとんど並ばずに、スムーズに行きました。
時間がまだあったので、先に参拝して御朱印を頂きました。

そして参列者の席に着こうとしたら所々ストーブが置いてあり、すかさずストーブのそばに着席しました。
紀元祭がはじまり、途中で国家斉唱「君が代」がはじまると身震いしました。
全員(後で神宮会館でお弁当を頂いた時に約4,000人と聞いた)が大きな声で唄いだすと大迫力でした。
最後のほうで参列者全員で二礼二拍手一礼をしたのですが爽快でした。

紀元祭後に神宮会館で直来と言って、お弁当を食べさせて頂きました。
日本酒が飲み放題だったと思います。後紅白饅頭、駐車券も頂きました。
私は車だったので食べただけですが。

橿原神宮を出て神武天皇陵をお詣りしました。
道路は混んでいたのですが、神武天皇陵は8台ぐらい無料で駐車できてすごくすいていました。

【橿原神宮南神門】


【第一鳥居】


【紀元祭参列シール】



【橿原神宮入口】


【神武天皇陵】


【御祭神】
神日本磐余彦火火出見天皇(神武天皇)
皇后の媛蹈韛五十鈴媛命
【創建】
明治二十三年(1890年)
【御由緒】
日本最古の正史ともされる『日本書紀』において、日本建国の地と記された橿原。
天照大神あまてらすおおかみの血を引く神倭伊波禮毘古命かむやまといわれびこのみこと(後の神武天皇)が、
豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、
想像を絶する苦難を乗り越え、畝傍山うねびやまの東南の麓に橿原宮を創建されました。
第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今からおよそ2,600余年前のことです。
日本の歴史と文化の発祥の地でもある橿原は、日本の原点ともいえるでしょう。

ご訪問頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング



西国三十三番札所 谷汲山華厳寺(岐阜)
平成二十八年 十一月六日参拝

日本最古の観音霊場で西国三十三番札所
谷汲山華厳寺に参拝させて頂きました。
(最後なので結願、満願とも言うらしいです)

母方の祖母の命日だったので、岐阜県の叔父の家にお邪魔してからお墓参りをしました。
その時に御朱印を集めてるのでオススメを聞いたら、谷汲山か南宮大社と教えてもらいました。
時間的(日帰り)に谷汲山にお参りすることにしました。
南宮大社はまたの機会にお詣りすることにします。

谷汲山の本堂だと思うのですが、家族と一緒に真っ暗な地下を一周(3分くらい)歩きました!
本当に真っ暗で怖かったです。

【谷汲華厳山寺御朱印 本堂 現世】


【谷汲山華厳寺御朱印 満願堂 過去世】
満願寺その1

【谷汲山華厳寺御朱印 笈摺堂 未来世】


【本尊】
十一面観世音菩薩(秘仏)
【創建】
延暦十七年(798年)
【宗派】
天台宗
【山号】
谷汲山(たにぐみさん)
【御由緒】
寺の草創は桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)で開祖は豊然上人。
京の都から観音像を奥州へ運んでいこうとすると、観音像は近くにあった藤蔓を切って御杖にして、御笠を被り、わらじを履いて自ら歩き出しました。途中、美濃国赤坂(現:岐阜県大垣市赤坂)にさしかかった時、観音像は立ち止まり、
「遠く奥州の地には行かない。我、これより北五里の山中に結縁の地があり、其処にて衆生を済度せん」
と述べられ、奥州とは異なる北に向かって歩き出しました。
そうしてしばらくした後、谷汲の地に辿り着いた時、観音像は歩みを止め、突然重くなって一歩も動かなくなったので、この地こそが結縁の地だろうということで尊像を安置し奉りました。


ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

橿原神宮(紀元祭)参列予定
突然ブログはじめたのは、2/11の紀元祭(橿原神宮)に参列させて頂くにあたり
載せたいと思ったからかもしれません。自分の事なのですが・・・。

紀元祭とは御祭神の神武天皇が橿原宮で即位された建国創業の御聖徳を景仰する祭典です。
勅使御参向のもと皇室より御幣物が奉献されます。

やはり歴史に興味があり、天孫降臨や初代天皇等から神武天皇は外せません。
詳しくはないですが「ウエツフミ」「飛騨口伝」「竹内文書」など凄く興味があります。


近いうちに橿原神宮へお詣りしたいと思っていたら、建国記念日は休みだし
ちょうどいいなと思い1月中頃に申し込みしていました。

寒いですが凄く楽しみにしています。とりあえず雪はなさそうなので良かったです。


他にもお詣りしたい神社は沢山あります。
今考えていたり思いついたりするのは、
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社。
厳島神社。
松尾大社、貴船神社。
籠神社(元伊勢)。
水無神社(飛騨高山)。
石上神宮、天河弁財天社、春日大社、入鹿神社。
戸隠神社。
白山比咩神社。
彌彦神社。
イザナギ神宮。
吉備津彦神社。
出雲大社。
宇佐神宮。
宗像大社。
富士山本宮浅間大社。
鹿島神宮。
香取神宮。等々です。


車中泊もあるでしょうが、楽しみです。
今回は頭の中で考えている、今後の予定(妄想)を一部書き出しました。

ご訪問ありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

西国二十三番札所 勝尾寺(大阪)
平成二十八年 九月二十五日参拝

御朱印帳を神社とお寺で分けることにしました。
今回から御朱印の写真を撮る時に濃い色を敷くと良いとアドバイスを頂いたので、布を敷くことにしました。
写真がくっきりしますね。
ありがとうございました。


今回はお墓参りの前に勝尾寺へお参りへ行きました。
後日に知り合いから法然上人のところへお参りしたか?と聞かれ
お参りしていないと言うと、そこが一番のご利益があるところやのにと
言われました。
先に聞いてればよかった(汗)
次回にはお参ります。

その知り合いは神社、寺関係は少し詳しい人なのです。
年伊勢神宮にお詣りしていて、よく伊勢神宮などの話をしています。
私はまだ伊勢神宮へはお詣りしたことが
ないので、様子を伺ったり、本で知ったことを教えたりしていました。
(昨年の11月にようやくお詣り出来ましたので、まだ先になりますが載せます)



【お寺用の御朱印帳】

ネットでお気に入りの「御朱印帳の高野山法徳堂」で購入しました。

【勝尾寺山門】


【勝尾寺御朱印】

【本尊】
十一面千手観世音菩薩
【創建】
伝・神亀四年(727年)
【宗派】
高野山真言宗
【山号】
応頂山
【御由緒】
正式名 応頂山勝尾寺
天平神護元年(765年)、光仁天皇の皇子(桓武天皇の異母兄)である開成が2人に師事して仏門に入った。宝亀8年(777年)、開成は念願であった大般若経600巻の書写を終え、勝尾寺の前身である弥勒寺を創建した。そして、数年後の宝亀11年(780年)、妙観が本尊の十一面千手観世音菩薩立像を制作したと伝えられる。

清和天皇が朝廷の権力も及ばない事から、王に勝つ寺「勝王寺」と号した。源氏、足利氏等各時代の覇者達が勝運を祈り「勝運の寺」として信仰の歴史をたどっています。

ご訪問ありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング