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eskky28

Author:eskky28
男、46才、A型
趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史)
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
廣瀬大社に参拝
令和元年 九月十五日 廣瀬大社へ参拝
奈良県北葛城郡河合町大字川合99に鎮座する神社です。

式内社(名神大社)、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
旧称は「廣瀬神社(ひろせじんじゃ、広瀬神社)」。


2月11日 例祭(御田植祭)
大忌祭の御田水口祭礼に由来するもので、砂を雨に見たてた祈雨の神事である。拝殿前の広場を田に見立てて田植えの所作を行い、それに対して参詣者と田人・牛に扮したひとが一斉に砂をかけあうもので、「砂かけ祭」とも呼ばれる。

テレビのニュスで見た事がありました。

昨日、参拝させて頂きました。良い天気で暑かったです。
地道で家から約90分で到着しました。
20台ぐらい停めれそうな無料駐車場がありました。

対となる龍田大社も参拝させて頂こうとしていたのですが、
私の早とちりで龍田神社とナビで検索しており、家に帰ってから御朱印をじっくり
拝見していると違うことに気が付きました。
まあこれも何かのご縁ですかね。

いつか龍田大社にも参拝させて頂きたいです。


【第一鳥居と社号標】
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【御由緒看板】
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【第一の参道アスファルト】
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【御祭神看板】
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【あの狛犬】
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【うんの狛犬】
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【第二の参道 砂利】内宮みたいに木洩れ日がキレイでした。
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【祓戸社】心身の穢れを祓い清めた後に廣瀬大社を拝します。
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【手水舎】
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【手水舎の龍】
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【第二の鳥居】
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【拝殿】
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【寄った拝殿】
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【神馬舎】
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【たちばなの木】
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【日露戦争の戦利品のロシアの大砲】
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【祖霊社】
廣瀬大社に関係する祖霊と大国主命が祀られていました
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【日の丸大明神】すごい木ですね。稲荷社です。
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【日吉社】
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【御朱印】
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【主祭神】
若宇加能売命(わかうかのめのみこと)
「廣瀬大忌神(ひろせおおいみのかみ)」とも。社伝では伊勢神宮外宮の豊宇気比売大神、
伏見稲荷大社の宇加之御魂神と同神とする。龍田大社の龍田風神とも関係があるとしている。

【脇殿神】
櫛玉命(くしたまのみこと)
社伝では饒速日命を指す。社家の樋口氏は饒速日命を祖神とする物部氏の末裔であり、
社家の邸宅内には饒速日命を祀る境外末社の饒速日命社がある。

穂雷命(ほのいかづちのみこと)

【創建】
(伝)第10代崇神天皇9年
(前89年)

【社格等】
式内社(名神大)
二十二社(中七社)
旧官幣大社
別表神社

【ご由緒】
鎮座地は、高田川と一緒になった曽我川・大和川・飛鳥川など奈良盆地内を流れる河川のほとんどが
合流する地点であり、このことから水神を祭る。
社伝では、崇神天皇9年、広瀬の河合の里長の廣瀬臣藤時に託宣があり、
水足池と呼ばれる沼地が一夜で陸地に変化しタチバナが数多く生えたことが天皇に伝わり、
その地に大御膳神として社殿を建てて祀ったのに始まるとしている。
龍田の風神・広瀬の水神として並び称された。
『日本書紀』天武天皇4年(675年)4月10日条には風神を龍田立野に、
大忌神を広瀬河曲に祀ったとの記述があり、これが4月・7月に行われる廣瀬大忌祭の起源とされている。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では大和国広瀬郡に
「広瀬坐和加宇加乃売命神社(廣瀬坐和加宇加乃売命神社) 名神大 月次新嘗」として、
名神大社に列するとともに朝廷の月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった旨が記載されている。
永保元年(1081年)に最高位の正一位の神階を受けている。後の二十二社の一つともなった。
明治4年、官幣大社に列格した。第二次大戦以降、廣瀬大社と称するようになった。
Wikipediaより抜粋

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日前宮(にちぜんぐう)へ参拝
日前宮(にちぜんぐう) へ参拝 令和元年 八月十三日

和歌山県和歌山市秋月365に鎮座している。

日前神宮・國懸神宮(ひのくまじんぐう・くにかかすじんぐう)は、和歌山県和歌山市にある神社。
1つの境内に日前神宮・國懸神宮の2つの神社があり、総称して日前宮(にちぜんぐう)あるいは名草宮とも呼ばれる。
両社とも式内社(名神大)、紀伊国一宮で、旧社格は官幣大社。現在は神社本庁に属さない単立神社。

神体の鏡はいずれも伊勢神宮内宮の神宝である八咫鏡と同等のものとされる。
八咫鏡は伊勢神宮で天照大神の神体とされていることから、
日前宮・國懸宮の神はそれだけ重要な神とされ準皇祖神の扱いをうけていた。
日神(天照大神)に対する日前神という名称からも、特別な神であると考えられている。
また、伊勢国が大和国への東の出口に対して、当社は西の出口にあるため、
伊勢神宮とほぼ同等の力を持っていたといわれている。

日前神宮の祭神である日前大神は天照大神の別名でもあり、朝廷は神階を贈らない別格の社として尊崇した。
神位を授けられることがなかったのは伊勢神宮をおいては日前・國懸両神宮しかなかった。
なお、日前大神が天照大神の別名とされることについては諸説がある。



またまた久しぶりに神社に参拝させて頂きました。


家から車で約90分で到着しました。12時15分頃出発しました。
盆休み中でしたが、行きも帰りも渋滞が一切なく走れました。
気持ち良かったです。

駐車場は参拝者は無料でした。
境内は写真撮影禁止だったので少な目です。
参拝中に蚊にたかられると思ったのですが、一度もたかられずでした。
気温のせい?ですかね、良かったです。

【鳥居と愛車アクセラの半ケツ】
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【社号標】
二社書かれていて珍しいですね。
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【鳥居】
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【手水舎】
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【御由緒看板】
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【灯篭の奥に拝殿と本殿があります】
入口から向かって左に日前神宮、右に國懸神宮がある。
どちらから参拝させて頂こうか迷ったのですが、数組の参拝者たちが左の日前神宮から参拝していたので
私も同様に参拝致しました。記事を書いてて気が付いたのですが、狛犬がなかったです。珍しいですね。
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【駐車場でお待ちの愛車】
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【御朱印】
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【主祭神】
日前神宮
主祭神
日前大神 (ひのくまのおおかみ)
日像鏡(ひがたのかがみ)を神体とする。
相殿神
思兼命(おもいかねのみこと)
石凝姥命(いしこりどめのみこと)


國懸神宮
主祭神
國懸大神 (くにかかすのおおかみ)
日矛鏡(ひぼこのかがみ)を神体とする。
相殿神
玉祖命(たまのやのみこと)
明立天御影命(あけたつあめのみかげのみこと)
鈿女命(うづめのみこと)

【御神体】
日前神宮:日像鏡
國懸神宮:日矛鏡

日像鏡・日矛鏡(ひがたのかがみ・ひぼこのかがみ)とは、石凝姥命が八咫鏡(三種の神器の一つ)に先立って造った鏡とされ、
現在は日前神宮・國懸神宮(和歌山市)の御神体と伝わる。

【創建】
(伝)神武天皇2年

【社格等】
式内社(名神大)
紀伊国一宮
旧官幣大社

【摂社】
天道根神社 - 祭神:天道根命
天孫降臨の時、天道根命は二種の神鏡とともに従臣として仕え、神武天皇二年春二月、
紀伊國を賜り初代國造職に任命されました。
紀氏は天道根命の末裔にあたり、歴代に渉り國造職を受け継ぎ
明治十年三月二十一日には官命を以て日前國懸両神宮の摂社として定められました。

中言社 - 祭神:名草姫命、名草彦命
日本書紀では、神武東征のとき、河内国で長髄彦に追い返され、
神武一行は次に和歌山に上陸し、その地の名草という女賊を誅したと書かれている。
一方和歌山の口承では、「名草は負けなかった。神武軍を追い払った。」とされている。
と何かのブログでみました。

【末社】
深草神社 - 祭神:野槌神
邦安神社 - 祭神:松平頼雄命
市戎神社 - 祭神:蛭子神
松尾神社 - 祭神:大山咋神、中津島姫命(市杵島姫命)
以上、Wikipediaより抜粋

【ご由緒】
創建二千六百餘年を溯る日前神宮・國懸神宮は、同一境内に座します二社の大社をなしております。
日前神宮は日像鏡(ひがたのかがみ)を御神体として日前大神を奉祀し
國懸神宮は日矛鏡(ひぼこのかがみ)を御神体として國懸大神を奉祀しております。
神代、天照大御神が天の岩窟に御隠れになられた際、
思兼命(おもいかねのみこと)の議(はかりごと)に従い種種の供物を供え、
天照大御神の御心を慰め和んで頂くため、石凝姥命(いしこりどめのみこと)を治工とし、
天香山(あめのかぐやま)から採取した銅を用いて天照大御神の御鏡(みかがみ)を鋳造しました。
その初度に鋳造された天照大御神の御鏡前霊(さきみたま)が、
日前國懸両神宮の御神体として奉祀されたと『日本書紀』に記されております。
天孫降臨の際、三種の神器とともに両神宮の御神体も副えられ、神武天皇東征の後、
紀伊國造家の肇祖に当たる天道根命(あめのみちねのみこと)を紀伊國造(きいのくにのみやつこ)に任命し、
二つの神鏡を以て紀伊國名草郡毛見郷の地に奉祀せられたのが当宮の起源とされています。
その後、崇神天皇五十一年、名草郡濱ノ宮に遷宮され、
垂仁天皇十六年には名草郡萬代宮すなわち現在の場所に遷幸され、
永きに渉り鎮座の地として今に至っております。
爾来、天道根命の末裔である紀氏(きいし)によって歴代奉祀され、
両神宮の祭神が三種の神器に次ぐ宝鏡とされたために、伊勢の神宮に次いで朝廷からの崇敬も篤く、
延喜の制には両社とも明神大社に列し、祈年(としごい)、月次(つきなみ)、相嘗(あいなめ)、
新嘗(にいなめ)の祭祀には天皇から幣帛(御供)を賜るほどでありました。
また古くから紀伊國一之宮として一般の人々からも崇敬をあつめ、両神宮の総称を「日前宮」(にちぜんぐう)とし、
親しみをもって呼ばれています。
戦国時代におきましては、豊臣秀吉の天正の兵乱により境内荒廃、
社領没収の憂き目に逢いましたが、徳川の時代に入り紀州藩初代藩主、
徳川頼宣(とくがわよりのぶ)が入国されるや社殿を再興され、明治四年太政官布告による神格の制が治定されると、
官幣大社(かんぺいたいしゃ)に列し、敬神崇祖の大義を示すことと相成りました。
大正八年の国費による境内建物すべての改善工事によって旧観は一新され、
大正十五年三月の完成をもって現在の姿となっております。
ホームページより抜粋

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廣田神社へ参拝
令和元年 七月七日 廣田神社へ参拝
兵庫県西宮市大社町7番7号に鎮座する神社です。

兵庫県西宮市にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(下八社)の一社。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。


久しぶりに神社に参拝させて頂きました。
期間があくとブログの記事の書き方を忘れてしまいますからね。

家から車で約30分で到着しました。
散歩するかのように朝から参拝させて頂きました。
神社のそばに御手洗川という川がありました。
昔の名残りですかね、参拝前に身を清めていたんでしょうね。


【廣田神社 社号標と第一鳥居】
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【注連柱 第二鳥居】
四国の徳島で見た鳥居みたいでした。ホームペ-ジに書いてあり、注連柱というみたいです。
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【注連柱 第三鳥居】
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【御由緒看板】
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【手水舎】
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【境内】
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【あの狛犬】
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【うんの狛犬】
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【茅の輪くぐり】
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【茅の輪神事の看板】
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【拝殿】
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【拝殿と本殿】
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【境内社 摂社 伊和志豆神社】
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【御由緒看板】
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【境内社 末社 五末社】
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【境内社 末社 松尾神社】
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【祓所】
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【境内社 摂社 齋殿神社】
神功皇后の命を受けて、天照大神御魂を広田の地に祀った葉山媛命を祀る。例祭日は5月8日
元は境外にあったが、享保12年に境内に遷座した。
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【御神水】
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【千年前の西宮】
見にくいです。
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【江戸時代の西宮】
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【珍しい自販機】
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【兵庫県天然記念物  コバノミツバツツジ】
季節は違いますので看板だけです。
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【看板と同じ場所の現在です】
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【御朱印】
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【主祭神】
天照大神荒魂 (撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかいつひめのみこと))
伊勢神宮内宮の第一別宮荒祭宮祭神と御同体

【脇殿神】
住吉大神
八幡大神
武御名方大神
高皇産霊神

【創建】
神功皇后元年(201年)

【社格等】
式内社(名神大)
二十二社(下八社)
旧官幣大社
別表神社

【ご由緒】
日本書紀に当社の創建のことが書かれている。神功皇后の三韓征伐に出発する際、天照大神の神託があり、
和魂が天皇の身を守り、荒魂が先鋒として船を導くだろうと言った。
皇后の留守の間に忍熊王が神功皇后とお腹の中にいる皇子(後の応神天皇)を亡きものにしようと
明石で待ち伏せていた。
戦いを終え、帰途それを知った神功皇后は、紀淡海峡に迂回して難波の港を目指した。
しかし、難波の港が目の前という所で、船が海中でぐるぐる回って進めなくなってしまった。
そこで兵庫の港に向かい、神意をうかがうと、天照大神の託宣があった。
「荒魂を皇居の近くに置くのは良くない。広田国に置くのが良い」と。
そこで皇后は、山背根子の娘の葉山媛に天照大神の荒魂を祀られた。
これが廣田神社の創建である。
このとき、生田神社・長田神社・住吉大社に祀られることになる神からも託宣があり、
それぞれの神社の鎮座が行われた。すると、船は軽やかに動き出し、忍熊王を退治することができた。
朝廷より篤い崇敬を受け、『延喜式神名帳』では名神大社に列し、
二十二社の一社とされ、たびたび奉幣勅使の派遣があった。
平安時代後期より、神祇伯白川家との関係が深く、代替わりのごとに当社に参詣していた。
中世には和歌の神として信仰されるようになり、社頭にて何度か歌合せが行われている。
当初は甲山山麓の高隈原に鎮座し、後に御手洗川のほとりに遷座したが、水害のため、
享保9年(1724年)に現在の西山の地に遷座し、1945年、空襲による全焼までは西側の廣田山に鎮座していた。
戦後、その東側の現在地に移転した。明治4年(1871年)には官幣大社に列格した(兵庫県で最初。
伊弉諾神宮は1931年に列格)。
かつて「向か津峰」と呼ばれた六甲山全山は、元は廣田神社の社領であったという。
六甲山大権現を古くからの祭神とする六甲山神社(むこやまじんじゃ石の宝殿=現廣田神社の摂社)と
六甲比命神社(むこひめじんじゃ)がかつての奥宮と考えられる。六甲比命神社は、
インドの渡来僧法道仙人によって大化の改新の頃に、付近の心経岩・雲ヶ岩とともに、
唐櫃(からと)の吉祥院多聞寺 (神戸市北区)(本尊は毘沙門天・吉祥天・禅膩師童子)奥の院とされた。
六甲山東麓の社家郷山は廣田神社宮司家の所有地であったその名残という。
昭和20年に空襲によって社殿を焼失、現在の本殿は伊勢神宮荒祭宮の旧社殿を
譲り受けて昭和31年に竣工したものである。平成13年に鎮座1800年の喜節を迎えた。
廣田神社を中心とする神社群は、京から西国方向を目指す街道上にある神社ということで
「西宮」(にしのみや)とも呼ばれていた。
「西宮」の語は、後に廣田神社の神郷一帯(現在の神戸市東部から尼崎市西部まで)を指すようになったが、
行政区画では廣田神社が武庫郡大社村、戎社(現・西宮神社)が西宮町となり、
現在は町村合併により西宮市に含まれている。
えべっさんで有名な西宮神社は元は廣田神社の摂社、浜南宮で、西宮神社境内の南宮神社がその原型といえる。
Wikipediaより抜粋

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参拝予定
とうとう参拝させて頂いた記録よりも記事の更新が
上回ってしまいました。

ぼちぼち参拝させて頂きたいと思います。

現在、私の頭の中にある候補は
厳島神社 創建593年
諏訪大社 創建神代
國懸神宮(くにかかす神宮)、日前神宮(ひのくま神宮) 創建紀元前659年
廣田神社 創建201年
廣瀬大社 創建紀元前89年
貴船神社 創建古代
丹生川上神社 創建675年
大神神社 創建神代
出雲大社 創建神代
南宮大社 創建不明
多度大社 創建5世紀頃
吉備津神社 創建不明
富士山本宮浅間大社 創建紀元前27年頃

まだあるとは思いますが、日帰りで参拝できそうな神社は
とりあえずこんな感じですかね。
のんびりと参拝していきたいと思います。
次、ご縁があって参拝させて頂けるのはどこになるんでしょうかね。
楽しみです。


近況ですが最近は怠けており、ボルダリングや山登りは六甲山に
登ったのが最後で運動はサッカ-しかやっていません。

息子は高校一年生で、部活はハンドボ-ルを
頑張っています。
一年生でも出場できる練習試合の大会合宿が和歌山であり、
その応援に行ったりしていました。
凄く激しく、ケガが多そうでした。

娘は中学一年生で部活は、バレ-ボ-ルを頑張っています。
小学校ではバレ-ボ-ルのクラブチ-ムに入っていなかったので、
今からたくさん経験して上手になっていくのでしょう。
試合にでれるようになったら応援に行きたいです。

参拝させて頂けていないので、ブログの更新は暫く休むかもしれません。
参拝のご縁がありましたら、随時更新していきたいと思います。

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白川郷へ観光
白川郷へ観光
令和元年 五月二日

白川郷(しらかわごう)は、岐阜県内の庄川流域の呼称である。

大野郡白川村と高山市荘川町(旧荘川村)および高山市清見町(旧清見村)の一部に相当し、
白川村を「下白川郷」、他を「上白川郷」と呼ぶ。今日では白川村のみを指すことが多い。
白川郷の荻町地区は合掌造りの集落で知られる。
独特の景観をなす集落が評価され、1976年重要伝統的建造物群保存地区として選定、
1995年には五箇山(相倉地区、菅沼地区)と共に白川郷・五箇山の合掌造り集落として、
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。白川郷の萩町地区は、
今も実生活の場として使われているところに価値があり、それが他地域の合掌民家集落と違うところである。
「世界遺産白川郷合掌造り保存財団」などがその保存にあたっている。
毎年1月と2月頃の週末には夜間ライトアップが行われる。
尚、2019年からライトアップ見学は完全予約制となった。
Wikipediaより抜粋


千光寺を後にして白川郷に行く前に、今回の旅は私的にメインでもある
『飛騨の口伝』に関連するお話を書かれた方の
研究所(展示や本を販売している福来記念・山本資料館)へ
先に寄りました。

『飛騨の口伝』のホームペ-ジです。
いろいろな説明をされています。
URL?アドレスなど載せて紹介しても良いと書かれていたのを見ましたので、
下記に載せます。クリックしたら見れるようにしたかったのですが、なりませんでした。
http://roots-hida.info/


G.Wだからでしょうが白川郷へ行く道が渋滞していました。
飛騨高山から空いていたら高速で30分のところを、
確か約1時間30分ぐらいかかったような気がします。

そして駐車場も60分待ちとかの情報をSAのトイレで見ていたので、
道の駅に停めて歩いていくことにしました。
タイミングよく駐車でき、徒歩10分~15分で集落そばへ到着したと思います。


【天孫宮の鳥居】
福来記念・山本資料館の目の前に鎮座しています
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【天孫宮の鳥居の扁額】
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【天孫宮の拝殿?】
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【御祭神の案内貼紙】
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【天孫宮の案内図】
201906032110392b8.jpeg


【お祈りの仕方】
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【拝礼作法】
20190603211256dc3.jpeg


【白川郷の集落】
集落に着く手前にある山というか丘からの撮影。一望できる展望スペ-スがありました。
徒歩10分ぐらいだったと思います。
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【世界遺産とかかれた石碑】
20190603211549f24.jpeg


【集落に向かう道にあったマンホ-ル】
2019060321205678d.jpeg


【桜と合掌つくりの家】
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【五平餅】
小腹がすいたので。
2019060321264539a.jpeg


【とんてき定食】
御在所SAで晩飯。岐阜城の帰りに御在所SAでみつけてから狙っていました。
もちろん美味しかったです。
20190603213117c1d.jpeg



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