プロフィール

eskky28

Author:eskky28
男、46才、A型
趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史)
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンタ-

神社・仏閣ランキングバナー

神社・仏閣ランキングバナー

FC2ブログランキング

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

PR

PVアクセスランキング

ブログランキング(ホワイト)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
飛騨一宮水無神社(ひだいちのみや みなしじんじゃ)へ参拝
令和元年 五月二日 飛騨一宮水無神社(ひだいちのみや みなしじんじゃ)へ参拝
岐阜県高山市一之宮町一の宮上5323に鎮座する神社です。

飛騨一宮水無神社(ひだいちのみや みなしじんじゃ)は、岐阜県高山市にある神社。
式内社、飛騨国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。

神代の昔より表裏日本の分水嶺位山に鎮座せられ、南西にある位山が御神体で奥宮がある。
分水嶺上にありそのエネルギーをもつ霊山。
巨石が点在する位山は、ピラミッドであるとも、世界最大級のパワースポットだとも言われている。
戦災を逃れるため、1945年に熱田神宮から天叢雲剣が一時移されていた社である。



G.W中にサッカ-仲間の方とのオヤジ旅第三弾として飛騨高山に行ってきました。
(第一弾 冬至の伊勢神宮の日の出、第二弾 岐阜城でした)

私が大変興味をもっている『飛騨の口伝』による日本のはじまりの地なので、
ずっと訪れたかった場所でした。

今回は断念したのですが位山の磐座郡にも行きたかったです。
天照大御神のお墓などがあり、天皇陛下の代替わりの即位式に、
位山の一位の木で作られた笏木は今なお献上されているとのことです。

片道3~4時間のクマ出没する登山をするか、車で林道を走れば行けたのですが、
登山する時間もなく、底をするので林道も走れませんでした。


飛騨一宮水無神社→高山の千光寺→福来記念・山本資料館(飛騨口伝の本を販売している)
→白川郷(サッカ-仲間の方の希望)の順で行ってきました。
朝4時に家を出発→5時集合・出発→飛騨高山→24時頃家に到着しました。

予定していました日輪神社(各地にあるピラミッド状の神体山の原形とのことらしいです)、
アニメ「君の名は」の舞台である飛騨古川駅、気多若宮神社へは行くのを忘れてしまいました。

結果的には白川郷に降りる高速道路がかなり渋滞していて、回らなくて良かった気がします。



飛騨一宮水無神社に9時30頃に到着しました。するとちょうどお祭が行われていました。
なかなか拝殿に参拝できず、御朱印も頂けないと諦めかけましたが、
一区切りついた時に参拝をさせて頂きました。
社務所で他の方が頂いているのを見かけたので私も頂いてきました。


【到着した瞬間に車の中からの撮影】
201905191324576de.jpeg


【鳥居と社号標】
20190519132740e64.jpeg


【社号標と御神木】
20190519141042422.jpeg


【鳥居横のあの狛犬】
シュッとしていますね。
20190519133026227.jpeg


【鳥居横のうんの狛犬】
20190519133324526.jpeg


【手水舎】
201905191334259fd.jpeg


【手水舎の龍の口】
20190519133555bd0.jpeg


【神門】
20190519140050e77.jpeg


【拝殿前の祭りの様子】
20190519140253758.jpeg


【祭りの様子】
20190519140452225.jpeg


【神輿】
こんな近くで拝見することもありませんので撮影しました。
20190519141215100.jpeg


【拝殿横のあの狛犬】
20190519140639944.jpeg


【拝殿横のうんの狛犬】
梅?もキレイに咲いていました。
20190519140816707.jpeg


【拝殿】
20190519140934be0.jpeg


【絵馬殿】
201905191418287eb.jpeg


【御神木】
20190519141357ffb.jpeg


【伝説のねじの木】
20190519141520e59.jpeg


【ねじの木の説明板】
20190519141704798.jpeg


【御朱印】
201905191420143ed.jpeg




【主祭神】
祭神は以下の15柱で、水無大神(みなしのおおかみ)と総称される。
主祭神
御歳大神 - 「水無神」と呼ばれる
配神
大己貴命、三穗津姫命、応神天皇、高降姫命、神武天皇、須沼比命、天火明命、少彦名命、高照光姫命、天熊人命、天照皇大神、豊受姫大神、大歳神、大八椅命
水無大神は地名に由来すると考えられる。水無大神は、御歳大神とする説のほか、八幡神などとする説もある。

【創建】
創建年代は不詳
【神体】
位山(神体山)

【社格等】
式内社(小)
飛騨国一宮
旧国幣小社
別表神社

【ご由緒】
創建の年代は不詳であるが、清和天皇の時代に従五位上の神階の記事がある。
『延喜式』では小社に列格し、飛騨国の一宮とされた。
鎌倉時代には「水無大菩薩」と称し、社僧が奉仕した。近世には水無大明神・水無八幡宮と称した。
戦国時代の戦乱で祭祀が途絶え、附近の寺が管理したが、元禄年間から吉田神道系の神職が奉仕するようになった。
1773年(安永2年)の安永騒動(大原騒動)では、水無神社が農民の決起集会の場所となる。
その事により、神主4人が捕らえられ、磔にされている。
1871年(明治4年)、国幣小社に列格した。
明治7年から10年までは、島崎藤村の父で『夜明け前』の
主人公・青山半蔵のモデルとなった島崎正樹が宮司を務めていた。
1945年(昭和20年)8月22日から同年9月19日までの間、熱田神宮の神体(天叢雲剣)が一時避難していた。
Wikipediaより抜粋

【奥宮 位山】
宮川の源流位山は日本を表裏に分ける分水嶺となっており、水主の神の坐す聖域、
神体山として古来より霊山として名高く、当神社の奥宮と称しています。
位山の山中には巨石群があり、大石を以て何かを築いたといわれたり、
初期の古墳のようであり、ドルメン(支石墓)のようでもあるなど様々な説がありますが、
何かの神秘的な霊場であったと考えられています。
また位山の主の宿儺(すくな)が雲の波を分け天船に乗って位山に来たという古伝説もあり、
位山が古代において何か宗教的な神秘性を持ち、位山の神秘性が宿儺という人智を超えたものに凝固したと見る説もあります。
この霊山にはイチイ(櫟)の原生林があり天然記念物とされ、
位山のイチイの木を笏の材料として献上した際に、この木が一位の官位を賜ったことから木は一位、
山は位山と呼ばれるようになったという説があります。
ホ-ムペ-ジより抜粋

【位山の一位笏木】
水無神社(みなしじんじゃ)には一宮神領の位山のイチイの樹をもって
謹製した笏を朝廷に献上している古例があります。

位山のイチイの笏木献上の初見は、
平治元年(1159年)飛州一宮神主大江某より御笏一対と御衣桁を献上
建武年間(1334年~1335年)国司姉小路家綱より後醍醐天皇に御笏の料として献上
元和2年(1616年)一之宮別当千光寺より廣橋大納言兼勝の伝奏によって位山の一位の笏木を献上
とあり、国司等による献上もありました。

文化~文政(1814年~1829年)の頃 大宮司の梶原肥後守景直より笏木を献上
嘉永6年(1853年) 一宮水無神社(みなしじんじゃ)より笏木を献上
安政2年(1855年) 大宮司の梶原景審より笏木を献上
など、主として水無神社(みなしじんじゃ)より献上することが以後先例となりました。

近代に入り、明治2年(1869年)3月2日に大宮司の毛利茂から献上
大正4年(1915年)7月は宮司不例のため押上森蔵中将は奔走されました。

昭和3年(1928年)9月28日に河合宮司によって大嘗祭御用御笏献上
平成2年(1990年)10月4日藤枝宮司によって大嘗祭御用御笏が献上されるなど、
古例にならい現在でも天皇陛下の即位と伊勢神宮式年遷宮に際しては、
水無神社(みなしじんじゃ)より位山のイチイの笏が献上されています。
ホ-ムペ-ジより抜粋


続きは次回に致します。
いつもご訪問して頂きありがとうございました。


ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

神社・お寺巡りランキング



伊奈波神社へ参拝
伊奈波神社に参拝
平成三十一年四月十三日に岐阜城へ登城後に参拝
岐阜県岐阜市伊奈波通り1-1に鎮座する神社です。

美濃国三宮で、旧社格は国幣小社。式内社「美濃国厚見郡 物部神社」の論社である。



【伊奈波神社 社号標と第一鳥居】
2019051221004701c.jpeg


【狛犬と第二鳥居と灯篭】
201905122102462c9.jpeg


【神馬像】
20190512210431f78.jpeg


【手水舎】
20190512210534416.jpeg


【楼門】
2019051221094941d.jpeg


【神門の注連縄】
20190512211115195.jpeg


【神門脇のあの狛犬】
201905122106523e1.jpeg


【神門脇のうんの狛犬】
20190512210834583.jpeg


【拝殿】
20190512211241c97.jpeg


【あの逆さ狛犬】
20190512211431160.jpeg


【うんの逆さ狛犬】
なでなでしてきました。
201905122138349da.jpeg


【黒龍大神 社号標】
この記事を書いているときに知ったのですが、願いの叶うパワスポで有名らしかったです。
20190512211706b49.jpeg


【龍頭石】
分かりにくいですが龍の頭に見えました。撮影の角度が悪かったですね。
20190512211905759.jpeg


【吉備神社 鳥居と社号標】
20190512212049b87.jpeg


【社務所前の龍の彫刻】
20190512212153872.jpeg


【御朱印】
御朱印を頂いた後、隣に石上神宮の御朱印が書かれていたのですが、
「伊奈波神社はご縁があるのですよ」と言われました。
20190512212251943.jpeg


【岐阜駅前の黄金の信長像】
岐阜駅前まで行きました。
2019051221235835c.jpeg


【味噌カツ丼】
帰りの御在所サ-ビスエリアで食べました。
201905122124546da.jpeg




【主祭神】
五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)
垂仁天皇の第一皇子で、この地の開拓神である五十瓊敷入彦命

【創建】
(伝)景行天皇14年

【社格等】
式内社(小)論社
旧国幣小社
別表神社

【ご由緒】
社伝によれば、五十瓊敷入彦命は朝廷の命により奥州を平定したが、
五十瓊敷入彦命の成功を妬んだ陸奥守豊益の讒言により、
朝敵とされて現在の伊奈波神社の地で討たれたという。

景行天皇14年、武内宿禰が稲葉山北西の椿原(現在の岐阜公園内の丸山)に
五十瓊敷入彦命を祀ったのに始まるとされる。
壬申の乱の際に天武天皇が当社に戦勝を祈願したという。
天文8年(1539年)、斎藤道三が稲葉山に稲葉山城を築城するにあたり、
現在地に遷座した。この際、その地にあった物部十千根命を祀る物部神社を合祀し、
稲葉山城の鎮守とした。以降も、岐阜の総産土神として篤い崇敬を受けた。
明治6年に県社に列格し、昭和14年に国幣小社に昇格した。
『延喜式神名帳』では、美濃国厚見郡の神社として「伊奈波神社」の社名は
記されていないが小社として「物部神社」の社名があり、
これが当社に合祀された物部神社であるとされる。
あるいは、当社自体が式内・物部神社であるとする説もある。
『美濃国神名帳』には「正一位 伊奈波大神」「従五位下 物部明神」と記載されている。
Wikipediaより抜粋

いつもご訪問して頂きありがとうございました。


ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

神社・お寺巡りランキング









賀茂御祖神社(下鴨神社)に参拝
賀茂御祖神社(下鴨神社)に参拝
平成三十年九月二十三日に参拝
京都府京都市左京区下鴨泉川町59に鎮座する神社です。

賀茂御祖神社は通称は下鴨神社(しもがもじんじゃ)。式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
国際連合教育科学文化機関 (UNESCO=ユネスコ)の世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。

賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに賀茂氏の氏神を祀る神社であり、両社は賀茂神社(賀茂社)と総称される。
両社で催す賀茂祭(通称 葵祭)で有名。
本殿には、右に賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、
左に玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀るため「賀茂御祖神社」と呼ばれる。
金鵄および八咫烏は賀茂建角身命の化身である。
境内に糺の森(ただすのもり)、御手洗川、みたらし池がある。
神社は2つの川の合流点から一直線に伸びた参道と、その正面に神殿、という直線的な配置になっている。
御手洗社の水は葵祭の斎王代清めの聖水である。現存。飲料可。


【西参道鳥居】
20190505071840d8c.jpeg


【手水舎】
20190505071924c1a.jpeg


【南口鳥居】
20190505071909e41.jpeg


【さざれ石】
20190505071949d2c.jpeg


【相生社】
20190505072017a30.jpeg


【相生社の御由緒看板】
20190505072031e3b.jpeg


【連理の賢木(れんりのさかき)】その姿から縁結びの御利益があるとされている。
20190505074318bbe.jpeg


【連理の賢木(れんりのさかき)の看板】
20190505074339e41.jpeg


【楼門】
20190505072050b12.jpeg


【中門】
20190505072109b06.jpeg

【鴨の社えと詣 看板】
20190505072214285.jpeg


【御手洗池】確かおみくじを池の水に浮かべると字が浮かんでくると何かで見た気がします。
20190505072248a12.jpeg


【御朱印】
20190505072323464.jpeg



【主祭神】
東殿:玉依姫命 (たまよりひめのみこと) - 賀茂別雷命(上賀茂神社の祭神)の母
西殿:賀茂建角身命 (かもたけつぬみのみこと) - 玉依姫命の父(賀茂別雷命の祖父)

【創建】
不詳
(崇神天皇7年頃?)

【社格等】
式内社(名神大)
山城国一宮
二十二社(上七社)
旧官幣大社
勅祭社
別表神社

【本殿の様式】
流造

【ご由緒】
京都の社寺では最も古い部類に入る。社伝では、神武天皇の御代に御蔭山に祭神が降臨したという。
また、崇神天皇7年に神社の瑞垣の修造の記録があるため、この頃の創建とする説がある。
一説には、天平の頃に上賀茂神社から分置されたともされる。
上賀茂神社とともに奈良時代以前から朝廷の崇敬を受けた。
平安遷都の後はより一層の崇敬を受けるようになり、大同2年(807年)には最高位の正一位の神階を受け、
賀茂祭は勅祭とされた。『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂御祖神社二座」として名神大社に列し、
名神・月次・相嘗・新嘗の各祭の幣帛に預ると記載される。
弘仁元年(810年)以降約400年にわたり、斎院が置かれ、皇女が斎王として賀茂社に奉仕した。
平安時代中期以降、21年毎に御神体を除く全ての建物を新しくする式年遷宮を行っていたが、
本殿2棟が国宝に指定されたため、現在は一部を修復するのみである。
Wikipediaより抜粋

いつもご訪問して頂きありがとうございました。

岐阜城の記事の後、続きは次回と書いていましたが完全に忘れていました。
近いうちに書きたいと思います。

5/2に念願の飛騨高山にも行きましたので、こちらも忘れないうちに書きたいと思います。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

神社・お寺巡りランキング












賀茂別雷神社(上賀茂神社)に参拝
賀茂別雷神社(上賀茂神社)に参拝
平成三十年九月二十三日に参拝
京都府京都市北区上賀茂本山339に鎮座する神社です。


賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は、京都市北区にある神社。
通称は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)。
式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。

【賀茂別雷神社 境内案内図】
20190429195728894.jpeg


【第一鳥居】
20190429195909f7c.jpeg


【神馬舎】
20190429200231547.jpeg


【第二鳥居】
20190429200314b71.jpeg


【細殿と立砂】
20190429200440f51.jpeg


【立砂の御由緒】
20190429200617b2c.jpeg


【金がきれいな細殿の一部】
2019042920070598b.jpeg


【手水舎】
201904292007314bb.jpeg


【楼門】
20190429200847cee.jpeg


【中門 参拝に並んでいる列】
201904292011187f0.jpeg


【岩上】
201904292013007b9.jpeg


【岩上の御由緒】
20190429201400247.jpeg


【紫式部歌碑】
20190429201632db5.jpeg


【睦の木と御由緒】
20190429201814522.jpeg


【横から見た睦の木】
2019042920184828f.jpeg


【願い石】
20190429201932a89.jpeg


【願い石の御由緒】
2019042920200057d.jpeg


【御朱印】
20190429203027be5.jpeg



【主祭神】
賀茂別雷大神

【神体】
神山(神体山)

【創建】
(伝)天武天皇7年(678年)

【社格等】
式内社(名神大)
山城国一宮
二十二社(上七社)
旧官幣大社
勅祭社
別表神社

【本殿の様式】
三間社流造

【ご由緒】
京都最古の歴史を有する一社であり、かつてこの地を支配していた
古代氏族である賀茂氏の氏神を祀る神社として、賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに賀茂神社(賀茂社)と総称される。
賀茂社は奈良時代には既に強大な勢力を誇り、平安遷都後は皇城の鎮護社として、
京都という都市の形成に深く関わってきた。賀茂神社両社の祭事である賀茂祭(通称 葵祭)で有名である。
また、社報「上賀茂」が年2回発行されている。


創建については諸説ある。
社伝では、神武天皇の御代に賀茂山の麓の御阿礼所に賀茂別雷命が降臨したと伝える。
『山城国風土記』逸文では、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、
それで生まれたのが賀茂別雷命で、兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝える。
丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう。
玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られている。
国史では、文武天皇2年(698年)3月21日、賀茂祭の日の騎射を禁じたという記事が初出で、
他にも天平勝宝2年(750年)に御戸代田一町が寄進されるなど、朝廷からの崇敬を受けてきたことがわかる。
延暦13年(794年)の平安遷都後は、皇城鎮護の神社としてより一層の崇敬を受け、
大同2年(807年)には最高位である正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。
『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂別雷神社」として名神大社に列し、
名神祭・月次祭・相嘗祭・新嘗祭の各祭の幣帛に預ると記載されている。
弘仁元年(810年)以降約400年にわたって、伊勢神宮の斎宮にならった斎院が置かれ、皇女が斎王として奉仕した。
明治の近代社格制度でも伊勢神宮に次ぐ官幣大社の筆頭とされ、明治16年(1883年)には勅祭社に定められた。
Wikipediaより抜粋

いつもご訪問して頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

神社・お寺巡りランキング





















再び保久良神社(ほくらじんじゃ)へ参拝
保久良神社(ほくらじんじゃ)、鷺宮八幡神社
平成三十一年 四月二十日 に参拝させて頂きました。

【保久良神社】は兵庫県神戸市東灘区本山町北畑680に鎮座する神社です。
兵庫県神戸市東灘区本山町の保久良山(金鳥山中腹)に鎮座する神社です。

【鷺宮八幡神社】は東灘区本山北町6-2-26に鎮座する神社です。保久良神社の御旅所です。
保久良神社の御朱印は保久良神社ではなく岡本駅近くの鷺宮八幡神社の社務所で頂けます。
鷺宮(サギノミヤ)産宮(サンミヤ)とも称し、北畑地区の氏神として崇敬され、
天和、貞享、元禄の寺社改帳に記載され古くより人々の心のよりどころであります。
保久良神社の境外末社(御旅所)としても有名です。
【御祭神】天照大神、八幡大神、春日大神
【合祀】 熊野大神、高倉下命、稻田宮主命、大山津見命、八衢比古命、八衢比賣命、經莫戸神


御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿)が
巡行の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。
巡行の道中に複数箇所設けられることもある。御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われる。
御旅所には神社や祭神にまつわる場所や氏子地域にとって重要な場所が選ばれている。
元宮、摂末社や配偶神を祀る神社などのような社殿があるもののほか、
元の鎮座地などに臨時の祭殿を設けたり、氏子の代表(頭人)の家に迎える場合などがある。
Wikipediaより

古代文明「カタカムナ」の聖地として人気のスポット、
未知の古代文明「カタカムナ」の遺跡として有名な神戸・保久良神社みたいです。
今から約1万2千年以上前、つまり縄文時代よりも前の時代に、日本で栄えていた文明の名前です。
カタカムナ文明を証明する一冊の古文書には、不可思議な形をした古代文字が記されています。

カタカムナ文字は直線と曲線そして点で構成された文字で、記号のように独特な形をしています。
古文書には、そのような幾何学的な模様をしたカタカムナ文字がらせん状に配置されて記されています。

「カタカムナ文明」と称する超古代文明の存在を主張したのが、楢崎 皐月(ならさき さつき)です。
1948年頃から全国の電位分布実測調査を行ううち、六甲山山系の金鳥山での生活中に、
平十字と名乗ると宮司と出会い、「カタカムナ文字」とされる巻物を大学ノートに書き写し、
古事記や日本書紀など古代の文献を手がかかりとして、研究に研究を重ねた楢崎は、
古文書の謎の模様は文字であるとつきとめ、古文書の解読に成功しました。

そして、カタカムナ文明という失われた文明が日本に存在していたということを明らかにしたとのことらしいです。


本日は御朱印を頂いてきました。


本日、再び近くの六甲山へハイキングをしてきました。
今回は前回のハイキング部?の方たちと4人で登りました。
天気も大変良く、青空で最高に気持ち良かったです。


【ロックガ-デン入口?】
2019042019212906c.jpeg


【金玉大明神】
前回は気が付きませんでしたが、変わったお名前ですね。
20190420192252e71.jpeg


【岩場】
20190420192323f15.jpeg


【中腹の風吹岩の看板】
私たちはここまでで隣駅に向けて下って行きます。
20190420192430d1b.jpeg


【ダニエルというお店のカヌレというケ-キ?】
集合場所の芦屋川駅の近くにあるお店「ダニエル」の美味しいという噂のケ-キを買ってきてくれて
頂きました。しっとりしてて大変美味しかったです。写真も背景がボケてカッコよく撮れました。
20190420192552434.jpeg


【保久良神社の裏にある磐座  神生岩(かみなりいわ)】
20190420192714bda.jpeg


【灘の一つ火】
当社の燈明は「灘の一つ火」と呼ばれ、古くから沖を行き交う船の目印となってきたという。
現存の石灯籠は1825年(文政八年)に建てられたもの。
その昔、日本武尊が夜に航路がわからなくなった時、保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた話が有名で、
船人の目印とされていたそうです。
20190420192914077.jpeg


【保久良神社社号碑と鳥居】
20190420192939a4e.jpeg


【手水舎】
20190420194257252.jpeg


【あの狛犬】
20190420193026c1a.jpeg


【うんの狛犬】
20190420193047ed8.jpeg


【拝殿引き】
桜がキレイでした。
20190420193114b5d.jpeg


【拝殿アップ】
20190420193000fbc.jpeg


【摂社?】
確か御祭神は天照大御神でした。
2019042019401707e.jpeg


【遥拝所】
伊勢神宮の方角でしょうか?
2019042019423172e.jpeg


【磐座 立岩】
20190420194328b16.jpeg


【鷺宮八幡神社 手水舎】
20190420194417809.jpeg


【鷺宮八幡神社 拝殿】
201904201943575e6.jpeg


【保久良神社の御朱印】
20190420201421054.jpeg


【鷺宮八幡神社の御朱印】
2019042020143844e.jpeg


【主祭神】
須佐之男命
大国主命
大歳御祖命
椎根津彦命

【創建】
不明

【社格等】
式内社(小)

【ご由緒】
創立に関する詳細は不明であるが、境内外に多数の磐座群が見られ古代祭祀の場であったと考えられる。
境内外地より石器時代、青銅器時代、弥生時代後期の弥生式土器や石斧、石剣など種々の遺物、
特に有名な物として約20cmの銅戈(重要文化財)が出土している。
その何れもが儀礼的用途をもつものと考証され、祝部土器、
玻璃性勾玉も発見され祭祀は非常に古い時代から行われていたと考えられる。
保久良神社由緒書によると「社名の起因も、椎根津彦命の子孫たる倉人水守等が祖先を祭祀し奉る、
三韓役の戦利武器を収蔵するより」とあり、元来の主祭神は神武東征時速吸門(明石海峡)に
現れて軍勢を先導した椎根津彦命である。
椎根津彦命は保久良神社の南に位置する神戸市東灘区の青木(おうぎ)の浜に
青亀(おうぎ)の背に乗ってこの浜に漂着したという伝承があり、それが青木(おうぎ)の地名の由来となった。
吉井良隆は当社を「椎根津彦命は大阪湾北側を支配する海部の首長であったとされ、
西宮夷の奥夷社の元宮」と推測している。
また、「住吉大社神社記」には布久呂布山の名が見え、「攝津志」には建長二年重修の棟札を
所持せる事が記載されている。
社頭の灯明台の神火は「灘の一つ火」と呼ばれる常夜灯である。
その言われは、日本武命が熊襲遠征の帰途、夜に航路がわからなくなった時、
保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた事にあり、
以来「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」の古謡通り、広く崇敬され、
航海者の一針路となっていた。
市街に近いので再度山、高取山、旗振山らと同じように、
「毎日登山」が行われており1000回以上の登山者が多数いる。
Wikipediaより抜粋


いつもご訪問して頂きありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。
↓↓良ければ応援クリックを宜しくお願い致します。
励みにします。
にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

御朱印ランキング

神社・お寺巡りランキング