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eskky28

Author:eskky28
男、45才、A型
趣味はドライブ、サッカ-、読書(歴史)
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記です。(毎日更新ではないですが)

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日本の歴史とつながる週末御朱印さんぽ
日本のルーツ探究、古事記、日本書紀、神話、神社、ユダヤ人のつながりを御朱印を頂きながら巡っていく日記
青岸渡寺と飛瀧神社へ参拝(和歌山)
平成三十年 五月四日参拝

前回に引き続いて、青岸渡寺と飛瀧神社へ参拝させて頂きました。
熊野那智大社の拝殿隣に青岸渡寺(西国三十三所第一番札所)、
徒歩15分ぐらいで別宮の飛瀧神社(那智御瀧)が鎮座しています。

【西国三十三所】
はじまりは718年で巡礼最古とのことです。

平成30年(2018年)に西国三十三所は草創1300年を迎えます。
それに伴い、2016年~2020年までの5年間に、各札所で普段は非公開の
お堂や諸尊のご開帳や庭の公開、寺宝の観覧、月1回1札所で特別な御朱印をいただく巡礼など
草創1300年を記念する行事が多数あるそうです。
特別な年となるこの機会に西国三十三所の札所を参拝する旅へお出かけくださいとのことです。

718年、長谷寺の徳道上人が仮死状態で閻魔大王と会い「悩める衆生を救う為、
三十三所の霊場巡りを広めよ」と託宣を受けたことに始まり、
33の霊場を設けるも当時はあまり普及せず…。
約270年後、託宣を受けた花山法皇自ら巡礼したことで人々に普及し、現在も親しまれています。


【飛瀧神社(那智御瀧)】
那智の奥、大雲取連山から流れている流水が大滝となっており、
全山に那智48滝と申すように数多の滝があり、一番高いのが那智御瀧です。

御瀧そのものを大己貴命が現れた御神体としてお祀りしております。
熊野の神様は元々ここでお祀りされていました。


私の左膝もそろそろ限界が近くなってきてそうです。
鈍い痛みが少しで出してきました。重たい感じです。

階段の下りはゆっくりと半身で下りました。


晩御飯に地のマグロ定食を食べて、帰りは4時間ちょっとかかるので、
夜食として地のめはり寿司(高菜の葉を巻いたおにぎりなものでした)を購入して
帰りました。
多分19時過ぎにでて23時30分頃家に到着しました。
渋滞もほとんどなく熊野の山のど真ん中を通って帰りました。


今回の日帰り熊野三山巡りでは、時間的に諦めましたが、
次回は『花の窟(いわや)神社』にも参拝させて頂きたいです。
イザナミの御陵があります。この神社には社殿はなく、
窟そのものが御本殿であり御神体となっています。

【西国第一番 なちさん霊場の石碑】
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【青岸渡寺  山門】
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【青岸渡寺  階段左手にある回転する石】
回転させながら上ると良いと何かで読んだのですが、覚えていません。
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【青岸渡寺  本堂】
こちらも改修工事していました。
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【青岸渡寺  御朱印】
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【青岸渡寺から飛瀧神社に向かう途中】
ネットでおススメされていた「黒飴ソフトクリーム」非常に美味しかったです 見晴亭 青岸渡寺から歩いてすぐ
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【青岸渡寺  三重塔と那智の滝】
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【飛瀧神社  第一の鳥居】
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【飛瀧神社  第一の鳥居の扁額】
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【飛瀧神社  那智御瀧 世界遺産の石碑】
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【飛瀧神社  那智御瀧と鳥居】
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【飛瀧神社  那智御瀧】
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【飛瀧神社  那智御瀧への道のパワ-スポット】
すさまじいパワ-スポット、両手広げて深呼吸して霊気を取り込むと
良いと江原啓之氏の本『神紀行』に載っていました。
私は忘れていて霊気を取り込んでないです。
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【飛瀧神社  御朱印】
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【熊野那智大社  熊野牛王 御神符】
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【まぐろ専門店!「桂城(かつらぎ)」】
ネットでおススメされてました。約1時間待ちました。熊野那智大社から車で15分くらいのところです。駐車場あります。
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【まぐろ定食 1,600円】
刺身3切れすべて食べてから写真に撮りました。つい忘れてしまいます。
マグロカツ、マグロの鉄板焼き、マグロのそぼろ?お味噌汁もマグロの骨付き?
地元で上がったマグロとのことです。非常に美味しかったです。
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『青岸渡寺』
【山号】
那智山
【宗旨】
天台宗
【本尊】
如意輪観音菩薩
【創建年】
伝・仁徳天皇治世(4世紀)
【開基】
伝・裸形上人
【札所等】
西国三十三所第1番
神仏霊場巡拝の道第2番
東海近畿地蔵霊場特別
東海白寿三十三観音特別
【文化財】
本堂、宝篋印塔、那智山経塚出土品8点(重要文化財)、熊野三山(史跡)
【ご由緒】
熊野三山の信仰が都の皇族・貴族に広まったのは平安時代中期以降であり、
青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としない。
伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ、
同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したという。
後に推古天皇の勅願寺となり、6世紀末 - 7世紀初に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し、
丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。
以上はあくまでも伝承であるが、那智滝を中心とする自然信仰の場として早くから開けていたと思われる。
中世から近世にかけて、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場であり、
如意輪堂と称されたその堂舎は、那智執行に代表される社家や
那智一山の造営・修造を担う本願などの拠点であった。
(Wikipediaより抜粋)


『飛瀧神社』
【御祭神】
大己貴神
【創建】
不詳
【ご由緒】
那智の奥、大雲取連山から流れている流水が大滝となっており、
全山に那智48滝と申すように数多の滝があり、一番高いのが那智御瀧です。
一の瀧とも申し、高さ133m・銚子口の幅13m ・瀧壺の深さは10m以上あり、
流下する水量は普通毎秒1トン程度といわれています。
この滝の上流には二の滝、三の滝があり総称して那智の大滝とされ、国の名勝になっています。
また下流には滝修行で有名な文覚滝(もんがくのたき)があります。
水は生命の母と申し、那智山信仰の根元であります。古来、延命長寿の信仰が篤く、
数多の滝修行者や参拝の人々が詣で、今日もこの御瀧の水は延命長寿の水として尊ばれています。
(Wikipediaより抜粋)

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熊野那智大社へ参拝(和歌山)
平成三十年 五月四日参拝

熊野那智大社へ参拝させて頂きました。
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1に鎮座しています。
熊野三山の一つ。熊野夫須美大神を主祭神とする。
かつては那智神社、熊野夫須美神社、熊野那智神社などと名乗っていた。
また、熊野十二所権現や十三所権現、那智山権現ともいう。
熊野那智大社の社殿および境内地は、
ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』
(2004年〈平成16年〉7月登録)の構成資産の一部。(Wikipedia)


御創建1700年とのことです。

主祭神は熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、イザナミノミコト)
夫須美(ふすみ)とは「むす」という生成発展を意味する言葉であり、
同時に「結(むすび)」という意味を持っています。
このため、かつては「結宮(むすびのみや)」という通称で呼ばれていました。
他の二山と違い、御滝の神様を併せ祀っているため一柱多く神様を奉斎しています。
元々は御滝の近くで祀られていましたが、約1,700年前に現在の場所に遷りました。

右側から参拝すると本で読んだのですが、現在工事中につき拝殿からの
参拝のみでした。

前回からの続きです。

予定では熊野速玉大社を13時30分に出発し、熊野那智大社の大門坂駐車場に
14時30分頃着、14時40分頃参拝に出発の予定でした。
2約時間の参拝コ-スの予定をしていて、御朱印が頂けるのが16時30分までだと
思うのでギリギリのスケジュ-ルでした。


それなのに神倉神社の駐車場で待ち、忘れ物をして神倉神社から熊野速玉大社に取りに戻り、
熊野速玉大社の駐車場は、離れの河原で奥の方に停めて、国道までは渋滞でした。

スマホのナビを那智大社に設定すると熊野速玉大社から1時間15分くらいでした。
(混雑ないと45分ぐらいのはずでしたが)
時刻はちょうど14時でした。
「熊野那智大社の3社目の御朱印は、諦めなしゃ-ないか」
「廻れるだけ参拝しよう」
と車を走らせました。

すると大門坂までは混雑なくスム-ズに行けました。
時刻は14時30分。「ギリ間に合った」
無料駐車場も順番待ち2台目で、5分ほど待って停めることが出来ました。

渋滞は大門坂から先の熊野那智大社の駐車場までが、大渋滞でした。


石畳が美しい「大門坂」を上り、熊野那智大社、
の滝へと向かう「おいしいとこ取り」のコース。
大門坂入口から熊野那智大社へは石段の上りとなりますが、
約1.3km・約40分と距離も短く、杉木立に囲まれた苔むした石段は、熊野古道の雰囲気も満点。

大門坂~熊野那智大社・那智の滝 距離:約2.5km 歩行時間:約1時間
※但し、散策時間を含めると、大門坂駐車場~大門坂~那智山~大門坂駐車場に戻るまで、
余裕をもって、約2時間半から3時間ほどの所要時間をお見込みください。
(わかやま観光情報)


【熊野那智大社  熊野古道、大門坂の石碑】
熊野古道がはじまります。
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【熊野那智大社  熊野古道の鳥居】
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【熊野那智大社  熊野古道の夫婦杉】
たまたまご夫婦で通られていました。夫婦杉といい感じですね。
意識して撮っていなかったです。
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【熊野那智大社  熊野古道の夫婦杉を振り返って】
表と裏で表情が違いますね。
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【熊野那智大社  熊野古道の階段】
熊野古道って感じですね。
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【熊野那智大社  第一の鳥居】
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【熊野那智大社  社号碑】
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【熊野那智大社  扁額】
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【熊野那智大社  御祭神の看板】
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【熊野那智大社  第一の手水舎】
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【熊野那智大社  第一の手水舎 龍の口】
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【熊野那智大社  第二の鳥居と階段】
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【熊野那智大社  「あ」の狛犬】
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【熊野那智大社  「うん」の狛犬】
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【熊野那智大社  第二の鳥居】
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【熊野那智大社  第二の手水舎】
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【熊野那智大社  第二の手水舎 龍の口】
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【熊野那智大社  拝殿】
工事中でした
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【熊野那智大社  御縣彦社】
御祭神は建角身命 八咫烏を祀る社
八咫烏(やたがらす)は熊野の神様のお使いである、三本足の烏です。
より良い方向へ導く、お導きの神様とされ、熊野那智大社の境内にある
御縣彦社(みあがたひこしゃ)でお祀りされています。
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【熊野那智大社  日本一大きなおみくじ】
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【熊野那智大社  御神木】
大クスの胎内くぐりができます。
樟霊社(しょうれいしゃ)樹齢約850年の樟を御神木として祀っています。
幹が空洞化しており、護摩木(300円)を持って通り抜けることが出来ます。
平重盛の御手植えと伝わっています。
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【熊野那智大社  御朱印】
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【熊野那智大社  御縣彦社  御朱印】
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【御祭神】
『上五社』
第一殿   瀧宮 大己貴命(飛瀧権現) 千手観音
第二殿 証誠殿 家津御子大神、国常立尊 阿弥陀如来
第三殿  中御前 御子速玉大神 薬師如来
第四殿 西御前 熊野夫須美大神(伊邪那美大神)千手観音
第五殿 若宮 天照大神 十一面観音
『中四社』
第六殿 八社殿
禅児宮 天穂耳命      地蔵菩薩
聖宮     瓊々杵尊 龍樹菩薩
児宮 彦火火出見尊 如意輪観音
子守宮 鵜葦屋葦不合命 聖観音

『下四社』
第六殿 八社殿
一万宮・ 十万宮 国狭槌尊、豊斟渟尊     文殊菩薩、普賢菩薩
米持金剛 泥土煮尊          釈迦如来
飛行夜叉 大戸道尊 不動明王
勧請十五所 面足尊     釈迦如来
【創建】
不明(伝仁徳天皇5年)
【ご由緒】
『熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記』によれば
孝昭天皇の頃にインドから渡来した裸形上人が十二所権現を祀ったとされ、
また『熊野略記』では仁徳天皇の頃に鎮座したとも伝えられるが、
創成の詳細は不明。
熊野那智大社は熊野三山の中でも熊野坐神社(本宮)・熊野速玉大社(新宮)の二社とは異なり、
山中の那智滝を神聖視する原始信仰に始まるため、社殿が創建されたのは他の二社よりも後である。

一説には、那智山の奥にある妙法山に登るための禊祓の地だった那智滝が聖地化し、
夫須美神が勧請されて当社が滝本で創建されたともいう。

祭神は熊野夫須美大神であるが事解男命(事解之男神)とする説がある。
その熊野夫須美大神は伊邪那美神とされるが、熊野久須毘命とする説もある。
(Wikipediaより抜粋)



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神倉神社(熊野速玉大社の元宮)に参拝
平成三十年 五月四日参拝

神倉神社(熊野速玉大社の摂社、元宮)に参拝させて頂きました。
和歌山県新宮市神倉1-13-8に鎮座しています。
熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社。
境内地は国の史跡「熊野三山」の一部、および世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である。


【神倉神社】
熊野速玉大社の摂社になります。
知る人ぞ知る場所の穴場スポットと思われるかもしれませんが、
実はここは強力なパワ-スポットなのです。

神倉山に鎮座し、御祭神の熊野大神が最初に降臨された
聖地であり速玉大社の旧宮であります。


急勾配の石段を一人一人たいまつを持って一斉に駆け降りる勇壮な『お燈まつり』が有名です。


『熊野権現垂迹縁起』によると
現在は熊野速玉大社の境外摂社という扱いとなっているが、
神倉神社はこの周辺でも古社の一つとして数えられる神社である。
 記紀によると、神武東征の時、紀伊に上陸した神武天皇の下へ
高倉下(タカクラジ)という者が神剣フツミタマを献上したとされる。
この剣は高天原より霊夢によって遣わされたものであり、
これによって神武東征は成功することになる。
この剣を献上した高倉下がこの神倉神社の祭神である。



538段の急勾配な鎌倉時代の石段
(段差もまちまちで急勾配なのでリュックなど両手を空けていた方が良いです)
を上りきると、巨大な御神体の「ゴトビキ岩」が目の前に現れます。
写真では見てましたが、「こんなにも大きな岩が凄いところにあるんんだな」
と感激しました。
約15~20分上ります。朝から玉置山山頂、熊野本宮大社を
参拝しているので、足が結構きだしています。

登りより下りの方が楽なのですが、膝に負担がかかっていそうです。

急勾配なので下りは少し怖いので、ゆっくりと降りました。

去年の11月にサッカ-で左膝を痛めていたので、
少し心配でした。しかし、とりあえずまだ大丈夫でした。

奮発して買ったワコ-ルのCWXというタイツ(テーピング効果のあるスポ-ツ用)
を履いて参拝しています。


熊野速玉大社から徒歩約10分(私は車で移動しました。
少し渋滞で、無料駐車場もあるのですが満車でした。
運よく5,6分待ちで駐車できました。徒歩がおススメです)


次に熊野那智大社へ向かうのに私の手帳がないことに気づきました。
多分、熊野速玉大社に置き忘れしてきたなと思いました。
戻っていると時間的に厳しいので、諦めようかとも思ったのですが取りに戻ることにしました。

最悪無くなっても良いのですが、スケジュールや
下調べ(熊野以外もあります)が書いてあります。

道が混んでいて、駐車場も満車で少し離れた
河原の臨時駐車場に誘導されました。
那智大社の御朱印は全部(3ヶ所)頂けなくても、
頂けるところだけでしょうがないと諦めました。


熊野速玉大社の社務所を訪ねると
預かって下さりました。
「ありがとうございます」凄く嬉しく思いました。
取りに戻って良かったです。


【神倉神社  第一の鳥居】
第一の鳥居から急勾配の階段が始まります
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【神倉神社  手水舎】
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【神倉神社  第二の鳥居】
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【神倉神社  拝殿とゴトビキ岩】
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【神倉神社  ゴトビキ岩とゴトビキ岩】
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【神倉神社  ゴトビキ岩とゴトビキ岩の間】
注連縄がありました。古代の祭祀場でしょうか?
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【神倉神社  海側からの拝殿とゴトビキ岩】
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【神倉神社  御由緒の看板】
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【神倉神社  天岩盾】
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【神倉神社  天岩盾の看板】
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【神倉神社  御朱印】
熊野速玉大社の社務所で頂けます
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【御祭神】
天照大神、高倉下命
【創建】
128年(景行天皇58年)
【ご由緒】
神倉神社は、熊野速玉大社の摂社である。
新宮市中心市街地北西部にある千穂ヶ峯の支ピーク、
神倉山(かんのくらやま、かみくらさん、標高120メートル)に鎮座し、
境内外縁はただちに断崖絶壁になっている。
山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、
急勾配の鎌倉積み石段538段を登らなければならない。
山上にはゴトビキ岩(「琴引岩」とも。
ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言)
と呼ばれる巨岩がご神体として祀られている。
この岩の根元を支える袈裟岩と言われる岩の周辺には経塚が発見されており、
平安時代の経筒が多数発掘され、そのさらに下層からは
銅鐸片や滑石製模造品が出土していることから、
神倉神社の起源は磐座信仰から発したと考えられている。
神倉神社の創建年代は128年頃といわれているが、
神話時代にさかのぼる古くからの伝承がある。
『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、
神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)
の山であるという。
このとき、天照大神の子孫の高倉下命が神武に神剣を奉げ、
これを得た神武は、天照大神の遣わした八咫烏の道案内で軍を進め、
熊野・大和を制圧したとされている。
しかし、「熊野権現御垂迹縁起」(『長寛勘文』所収)には
神剣と神倉山を結びつける記述はないことから、
天磐盾を神倉山と結びつける所説は鎌倉時代以降に現れたものと考えられている。
(Wikipediaから抜粋しました)

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熊野速玉大社へ参拝(和歌山)
平成三十年 五月四日参拝

引き続き熊野速玉大社へ参拝させて頂きました。
和歌山県新宮市新宮1に鎮座しています。

熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は、熊野三山の一つです。
熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と
熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とします。
別名イザナギノミコトとイザナミノミコトのことです。


参拝順序があります。左側から参拝します。


境内地は国の史跡「熊野三山」の一部です。
2002年(平成14年)12月19日、熊野三山が史跡「熊野参詣道」から分離・名称変更された際に、
御船島を含む熊野速玉大社境内が追加指定されました。
2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の
構成資産・大峯奥駈道の一部です。



熊野本宮大社の河原駐車場から出発してから、
約45分ぐらいで熊野速玉大社駐車場に予定通り11時45分頃に到着しました。
(一応事前にスマホのナビで所要時間を調べていて予定を立てていました)
すぐそばの無料駐車場にすぐ駐車できました。

ここ熊野速玉大社のパワ-スポットは、
やはり「御神木のナギ」と「摂社の神倉神社」です。

【御神木のナギ】
ナギの大樹で平重盛(清盛の嫡男)の手植えです。
樹齢1000年、日本最大のナギ、国の天然記念物です。
ナギの葉を懐に入れて旅の安全を祈ったとか。
ナギの葉は避けにくく、男女や人間関係の縁を強固にするお守りになります。

【神倉神社】
熊野速玉大社の摂社になります。
実はここは強力なパワ-スポットなのです。

神倉山に鎮座し、御祭神の熊野大神が
最初に降臨された聖地であり速玉大社の旧宮であります。


神倉神社のご紹介は次回にしたいと思います。


【熊野速玉大社  鳥居と社号碑】
熊野速玉大社  鳥居と社号碑

【熊野速玉大社  扁額】
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【熊野速玉大社  摂社末社の八咫烏神社 手力男神社】
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【熊野速玉大社  摂社末社の八咫烏神社 手力男神社 御由緒の看板】
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【熊野速玉大社参詣曼荼羅(世界遺産)】
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【熊野速玉大社  御神木のナギ】
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【熊野速玉大社  「あ」の狛犬】
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【熊野速玉大社  「うん」の狛犬】
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【熊野速玉大社  手水舎】
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【熊野速玉大社  手水舎の龍の口】
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【熊野速玉大社  熊野稲荷神社】
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【熊野速玉大社  神門】
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【熊野速玉大社  境内】
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【熊野速玉大社  拝殿】
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【熊野速玉大社  御由緒の看板】
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【熊野速玉大社  御祭神の看板】
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【熊野速玉大社  御朱印】
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【熊野速玉大社  御神符 牛王宝印】
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【熊野速玉大社  特別授与品 八咫烏守の表】
ホ-ムペ-ジで一目惚れしました。初穂料700円でした。
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【熊野速玉大社  特別授与品 八咫烏守の裏】
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【熊野速玉大社  熊野もうで餅】
地元和菓子店でつくられて、限定された場所でしか販売していないそうです。
境内と駐車場の間で販売していました。こし餡でした。
購入すると旅のお守りになるナギの葉を頂けました。
食した後あわてて包装紙を写真に撮りました。
9個入りで880円で、大変美味しかったです。
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【御祭神】
『上四社』
第一殿   結宮 熊野夫須美大神(伊邪那美大神)千手観音
第二殿 速玉宮 熊野速玉大神(伊邪那岐大神) 薬師如来
第三殿 証誠殿 家津美御子大神(国常立尊) 阿弥陀如来
第四殿 若宮 天照大神 十一面観音
神倉宮 高倉下命 (本地仏なし)
『中四社』
第五殿 禅児宮 天忍穂耳命      地蔵菩薩
第六殿 聖宮     瓊々杵尊 龍樹菩薩
第七殿 児宮 彦火火出見尊 如意輪観音
第八殿 子守宮 鵜葦屋葦不合命 聖観音

『下四社』
第九殿 一万宮 国狭槌尊 文殊菩薩
十万宮 豊斟渟尊 普賢菩薩
第十殿 勧請宮 泥土煮尊          釈迦如来
第十一殿 飛行宮 大戸道尊 不動明王
第十二殿 米持宮 面足尊 多聞天
【創建】
伝景行天皇58年
【ご由緒】
創建年代は不詳である。
熊野速玉大神は、熊野速玉大社では伊邪那岐神とされ、
熊野本宮大社では同じ神名で日本書紀に登場する速玉之男(はやたまのを)とされる。
また、この速玉之男神の名から神社名がつけられたといわれる。
熊野夫須美大神は伊邪那美神とされる。
もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、
いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれる。
神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼ぶ。
穂積忍麻呂が初めて禰宜に任じられてからは、
熊野三党のひとつ・穂積氏(藤白鈴木氏)が代々神職を務めた。
(Wikipediaから抜粋しました)

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熊野本宮大社へ参拝(和歌山)
平成三十年 五月四日参拝

今回は熊野本宮大社に参拝させて頂きました。
和歌山県田辺市本宮町本宮1100に鎮座。
熊野系神社の約三千社の総本社。
平成三十年(2018年)は創建2050年を迎えます。

熊野でまず目指したいのは3つの大社です。
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社で熊野三山と呼ばれています。

「よみがえりの聖地」と熊野三山は崇められてきました。

熊野三山を巡るのに順番は不問だそうです。
大切なのは三山をすべて参拝することだそうです。

しかし一応、正式な参拝の順番は実はあるようなんです。
熊野本宮大社→熊野速玉大社→熊野那智大社です。

都があった京都から上皇や法王、貴族などが
淀川を船で下り、大阪から歩き、熊野本宮大社から熊野川を船で下り
熊野速玉大社へ、歩いて那智川へ行き、那智川を船で上って熊野那智大社へ
参拝していたことにより参拝の順序はあるということも言われているそうです。


本宮(未来)で「未来をひらき」「来世の救済」、
速玉(過去)で「人間関係の基礎を固め」「前世の罪を祓う」、
那智(現在)で「浄化される」「現世の縁結び」


かつて「蟻の熊野詣で」と蟻の行列に例えられるほど多くの人々が
熊野三山を参拝していたそうです。
そのときに人々が踏みしめた道が熊野古道であり、熊野三山ともに
世界遺産に指定されています。



玉置神社の参拝をすませ、駐車場に戻ってくると、ほぼ満車に近くなっていました。
駐車場から神社まで徒歩約20分です。
玉置神社の売店でめはり寿司(高菜で巻いたおにぎり)など朝飯と昼飯を購入してから、
出発しようと考えていたのですが、売店はまだ閉まっていました。
(家を出るときに念のため、パンを持ってきといてよかったです)


玉置神社を8時15分頃出発し、熊野本宮大社へは
渋滞もなく、9時15分頃到着しました。
玉置山の道路は若干細い山道ですが、対向車をかわすポイントもあり
走りやすいほうだと思います。
上りは1台もすれ違わず、下りは6,7台はすれ違いましたかね。
玉置山をほとんど下ってきたところで、マイクロバスとすれ違いました。
ほぼ満席だったと思います。
たぶん宿か駅からの送迎ですかね。


後はひたすら熊野川に沿って横の国道を走ります。道幅広く走りやすいです。
そういえば、ネズミ捕りをしていました。道がすいていたら危なかったです。
(混んではないですが、そこそこ車は走っていました)


すでに本宮大社そばの駐車場は満車で、河原の臨時駐車場に案内されました。
徒歩五分位離れた所です。
しかしあの大斎原(おおゆのはら)からの帰りは
逆に近くなります。


永遠の聖地!大斎原(おおゆのはら)
日本一高い大鳥居(高さ33.9m、横42m、鉄筋コンクリート造、平成12年完成)が建っています。
私は写真でしか見たことがなく、緑の自然の中にドカンと佇む姿に
凄く驚きました。
「スゲ-かっこいい」と思いました。

熊野川の中洲にある本宮大社の旧社地です。
明治22年に未曾有の大水害で社殿が流されるまでは
この地に鎮座していました。
上四社だけは被害を免れ現在地に移転されました。

一万坪以上の神域を誇る一大聖地であったとか。

江戸時代までは中洲への橋がなく、参拝者は
歩いて川を渡り、自然と水で身を清めてから詣でて
いたといいます。

かつて熊野本宮大社があった大斎原には二基の石祠が建てられ、
左側に中四社下四社を、右側に境内摂末社の御神霊をお祀りしています。



参拝順序
熊野本宮大社→産田社→大斎原
(ホ-ムペ-ジに掲載されていました)

熊野本宮大社
(向かって左側から順に第一殿、第二殿、第三殿、第四殿、満山社)

参拝順序があるので気をつけます。
①証誠殿(本宮・第三殿) 家津美御子大神(素戔嗚尊)
②中御前(結宮・第二殿) 速玉大神
③西御前(結宮・第一殿) 夫須美大神
④東御前(若宮・第四殿) 天照大神
⑤満山社         結ひの神(八百萬の神)
(ホ-ムペ-ジに掲載されていました)

注意しなければいけないのは、神門をくぐると
写真撮影は禁止でした。
知らずにパシャパシャ撮っていました。
「すいませんでした」

参拝をすませて、神門を出て御朱印をしまうのに神門近くの
ベンチにいくときに禁止の看板があることが分かりました。

大斎原も大鳥居から中は禁止になっていました。
私も含め皆さんしっかり守っていました。


【熊野本宮大社 鳥居】
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【熊野本宮大社 社号碑】
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【熊野本宮大社 「あ」の狛犬】
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【熊野本宮大社 「うん」の狛犬】
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【熊野本宮大社 参道】
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【熊野本宮大社 参道階段】
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【熊野本宮大社 祓戸大神】
参道の中腹、左側にある祓戸大神にまずお参りをし、身を祓い清めます。
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【熊野本宮大社 手水舎】
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【熊野本宮大社 神門】
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【熊野本宮大社 本殿】
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【熊野本宮大社 亀石】
長寿、体調を整えるパワーがあるとか。
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【熊野本宮大社 大黒石】
この大黒石は、パワースポット巡りをしている人の間では金運アップさせてくれると評判らしく、触るとご利益があるそうです。
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【熊野本宮大社 八咫烏のポスト】
郵便として送れる絵馬を社務所で販売しているそうです。
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【熊野本宮大社 末社 産田社】
伊邪那美命の荒魂が祀られています。新たなものを生み出すパワーを感じる神社です。
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【熊野本宮大社 旧社地 大斎原 大鳥居】
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【熊野本宮大社 旧社地 大斎原 大鳥居  八咫烏】
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【熊野本宮大社 旧社地 大斎原 手水舎】
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【熊野本宮大社 御神符「熊野牛王府」】
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【熊野本宮大社 御朱印】
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【御祭神】
『上四社』
第一殿 西御前 伊邪那美大神(夫須美大神) 千手観音 熊野十二所権現
第二殿 中御前 伊邪那岐大神(速玉大神) 薬師如来
第三殿 証誠殿 家津美御子大神(素戔嗚尊) 阿弥陀如来
第四殿 若宮 天照大神 十一面観音

『中四社』
第五殿 禅児宮 忍穂耳命      地蔵菩薩
第六殿 聖宮     瓊々杵尊命 龍樹菩薩
第七殿 児宮 彦穂々出見尊 如意輪観音
第八殿 子守宮 鵜葦屋葦不合命 聖観音

『下四社』
第九殿 一万宮十万宮 軻遇突智命 文殊菩薩・普賢菩薩
第十殿 米持金剛 埴山姫命 毘沙門天
第十一殿 飛行夜叉 彌都波能賣命 不動明王
第十二殿 勧請十五所 稚産霊命 釈迦如来
【創建】
伝崇神天皇65年
【ご由緒】
熊野川の中枢に、古代より熊野巫大神の鎮座されるお宮が、熊野本宮大社です。
熊野本宮大社は過去「熊野坐神社くまのにいますじんじゃ」と号し、
熊野の神と言えば本宮のことを表していたものと推測されます。

熊野坐大神の御鎮座の年代は文献に明白ではありませんが、
神武東征以前には既に御鎮座になったと云われており、
社殿は崇神天皇65年(紀元前33年)に創建されたと
『皇年代略記』や『神社縁起』に記されています。
奈良朝の頃より仏教を取り入れ、平安朝以後は仏化により「熊野権現」と称し、
神々に仏名を配するようになりました。
熊野本宮大社は上・中・下社の三社から成るため、熊野三所権現と呼ばれています。
また、十二殿に御祭神が鎮座ますことから、熊野十二社権現とも仰がれています。

「熊野権現垂迹縁起」によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされている。
熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、その素性は不明である。
太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、
中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがある。
家都美御子大神について他にも五十猛神や伊邪那美神とする説があり、
菊理媛神とも関係する説もあるが、やはりその素性は不詳とされる[2]。
古代から中世にかけて、神職はニギハヤヒの後裔で
熊野国造の流れを汲む和田氏が世襲していた。

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